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夕刻、リナはひとりで部屋にいた。
もうすぐ夕食の時間になってしまうが、部屋から出られそうもなかった。
いくら心配症なガウリイでも、今回ばっかりはリナを呼びに来ないかもしれない
―――もし来てくれても顔を合わせられない―――そんな思いがリナの中にあった。
食堂での、いきなりのガウリイの告白。
今まではっきりと思いを告げられた事はなかったし、正直嬉しかった。
もしかするとガウリイは、自分を一人の女として愛してくれているのかもしれない―――と感じた事が無いと言えば嘘になる。彼の言葉や態度の端々に隠されていた本音を皆間見た気がした。
しかし、その度に彼が自分を愛することはないと、気付かない振りをしてきたのだ。
愛しているのに愛されないもどかしさを味わってきたのだ。彼自身の言葉で、それらは打破された。これで嬉しくないはずがない
しかし、人が少ないとは言え、食堂で起こったこの事態に、リナには照れが先に出た。
なかばパニックに陥った頭で、素直に返事ができるわけもなく、リナは彼をはねつけてしまった。
『あたしは‥‥‥っ!あ‥‥あたしはガウリイが‥‥‥‥好‥‥きじゃないっ!きらいっ!きらいなのっ!!』
「やっぱり‥‥怒ってるよね‥‥」
ううん。呆れてるかも知れない。てんで子供で早まったって、きっと失望してる。
謝りもしないで一人でさっさと部屋に閉じこもってる奴のことなんて‥‥‥
リナはシーツに顔を埋めながら、何度目かの涙を流した。
いつもの冷静な彼ならば、リナの拒絶が照れ隠しからきた嘘だと察したのだろうが、ずっと曖昧にはぐらかしてきた本音を吐き出した直後の彼には、ただ『拒絶された』という表面的な事しか飲み込めなかった。
あの時のガウリイの傷ついた表情―――それだけで、彼がどれだけ真剣か理解できる。
「ガウリイ‥‥‥‥」
コンコン
やるせなくて、彼の名を呟いたその時、遠慮がちなノックが響いた。
びくっと体を震わせ、微動だにできずに、次に来るであろう言葉を待つ。
「‥‥‥‥リナ‥‥」
少し低くて心地良い彼の声が、リナを呼んだ。
「開けてくれないか?‥‥‥‥起きてるんだろ?」
あくまでも控えめに、優しく語りかけるガウリイ。
彼は、リナが応えてくれるまでいつまでも待つ気でいるらしい。
沈黙を返すリナに、ガウリイは再び声をかける。
「‥‥‥‥話があるんだ。顔を見るのが駄目なら、このままでもいいから聞いてくれ」
永いような短いような時間のあと、リナの気配が動いた。
「‥‥‥入って」
カチャリと小さな音を立ててドアを開き、俯いたリナがガウリイの前に現れた。
「リナ‥‥‥」
ほっとしたような、それでいて驚いたようなガウリイ。
しかしリナは、まともに彼の顔を見ないまま、背を向けてしまう。
扉を閉じる音が静に響く。
ガウリイは、今にも消え入ってしまいそうな、いつもより小さく見える背中を抱き締めたい衝動にかられるのを必至で押さえ、出来る限り優しく言葉を紡ぐ。
「―――あのな‥‥‥リナ。オレが言った事‥‥忘れてくれないか‥‥?」
「―――!?」
瞬間、弾かれたようにリナがガウリイを振り返った。
彼は自嘲気味に微笑んでいた。
「―――勝手な事言ってるのはわかってるけど。お前にしてみれば、いきなりだったもんな。オレは今まで『保護者』って言ってきたわけだし」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「リナがオレを受け入れてくれないなんてわかりきった事だったけど、ひょっとしたら‥‥って思った。オレの自惚れだったけど‥‥‥な」
彼は隠しているつもりだろうが、一瞬見せた、ひどく辛そうな表情を、リナは見逃さなかった。
「オレが離れる方が―――お前と別れる方がきっといいんだろうけど、オレ
は‥‥‥‥お前と別れたくはない」
「‥‥‥‥‥‥!」
「たとえお前に辛い思いをさせる事になっても、オレはリナの隣にいて、お前を護りたい。
‥‥‥‥絶対に何もしない。今までと同じに振る舞う。
そのために、オレが言った事は忘れて欲しい―――オレを、リナの傍にいさせてくれ‥‥‥」
それが、彼が出した結論だった。たとえ想いを通わせることが叶わなくとも、リナの傍で護り抜く事―――
じっと紅い瞳を射抜く蒼い瞳。
その視線が、なにを犠牲にしても彼女の傍にいたい―――という彼の想いを、何よりも強く伝えていた。
「‥‥‥‥がうり‥‥」
「ほんとに‥‥‥ごめんな、リナ―――」
何かを言いかけたリナを遮り、ガウリイは一方的に言い放つと、踵を返し、扉の向こうへ去って行ってしまった。
あとに一人残されたリナは、冷たい床に力なくへたりこみ、溢れだした雫を拭おうともせずに小さく男の名を呟いた。
「‥‥‥‥なによ―――何も言わせないで一方的にひとりで全部納得しないで
よ‥‥‥‥‥ガウリイ―――」
自分も彼の事が大切だと、好きだと素直に伝えられない自分がもどかしく、また悔しくて、涙はあとからあとから溢れてきた。
ひどく短く感じた夜が明け、白々とした朝日が部屋を満たす。
まだ心の整理がつかぬまま、ガウリイに会いたくはなかったが、思いに反して時間はやたらと早く流れた。
結局、昨夜は一歩も部屋から出る事はなかったが、さすがに今朝は顔を出さないわけにもいかなかった。
たとえ嘘でも、彼を拒んだのに、それでも傍にいたいと言ってくれたガウリイ。
それに対し、自分は逃げてばかりだった。ただ逃げるのは彼女の信条ではないし、はっきりしないのは、彼に対して失礼だった。
「うしっ!」
ぱぁんっ!と、両頬を打ち、気合いを入れてドアを開いた。
「――――あ‥‥‥」
階段を下りて、一階の食堂をちらりと見回すと、すぐに目立ちすぎる相棒が目に入った。
そしていくらも間を置かない内に、彼がリナに気付いき、視線が絡む。
思わず止まってしまった足を何とか動かし、ガウリイの待つテーブルに向かう。
気まずい空気が二人の間に流れるが、それを取り去ろうと、リナが口を開きかけた―――が、先に声をかけてきたガウリイに遮られてしまう。
「おはよう。リナ」
「――――!」
いつもの朝の挨拶。にこやかに手を挙げてリナを呼ぶガウリイ。
それにリナは小さく息を呑んだ。
「―――リナ?」
立ったまま彼を見つめるリナに、ガウリイは首をかしげて彼女の名を呼んだ。
「――――あ。‥‥なんでもないわ。おはよ、ガウリイ‥‥‥‥」
‥‥‥どうやら彼は、本当になかった事にしたいらしい。
彼女は、彼と顔を合わすまでは、自分の本当の気持ちを話そうと思っていたのだが、彼の顔を見た瞬間、何も言えなくなってしまった。
いざと言う時に怖じ気づいたわけではない。いつものように見えるガウリイの笑顔だが、その裏で、『何も言うな』と強く言っていたからである。そのあまりにも強い意思力に、リナもまたいつも通りを装い、挨拶を返すしかできなかった。
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