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「ここは……?」
見渡す限りの平原で、あたしは思わず呟いた。
―それは、知らない場所であるはずなのに、どこか見覚えがあったから。
ふと空を仰ぐと、表情の無い白色が広がっていた。
感じるのは、頬をなでる心地よい風と、大地を踏みしめる感覚だけ。
「………?」
改めて前方に目をやると、いつのまにか人がいた。
こちらに背を向けているせいで顔は判らない。
蒼い風にたなびく、透き通るような金の髪。
見覚えが無いはずなのに、妙に懐かしく思える広い背。
この身長からして、多分男だろう。
彼はずっと背を向けたままこっちをむかない。
―…何をしているの??
何気なく湧いた疑問に、なぜだか胸が苦しくなった。
―誰?こっちを向いてよ……!
思わず声をかけようとしたその時。
* * *
「リナさーん?リナさんてば!朝になりましたよ!起きてください!」
「むぅ……?」
まだ半分しか開いていない目に映ったのは、黒服の神官。
「あぁ、ゼロス。おはよぉ…」
あくびをしながら挨拶を交わす。
「今日は一緒に買い物に行く約束ですよ♪早く支度してください♪」
「ん〜〜。眠いから午後から行かない?」
そういってあたしは再び布団に潜り込む。
「無理ですよぉ。行こうって言ってたお店、午前で閉まっちゃうんですよ?」
あわててうろたえるゼロス。
「…なんで?」
「明日から国単位で大規模なお祭りがあるらしくて。その前準備みたいですよ。」
「じゃあ、また来週にしない?」
「何言ってんですかリナさん!1週間前から約束してたじゃないですかっ!!」
と、しばらく男と女の立場がまるっきり逆の会話を続けること20分。
とうとうあたしが折れて出かける支度を始めた。
どうせあのままではおちおち寝ていられなかったしね。
鏡の前で寝巻きを脱ぐと、いつもとは見慣れないものがあった。
―…ペンダント…?
首から掛けていたのは、小さなペンダント。
プラチナ製の平べったい板に、細かな文字が刻まれている。
―こんなん買った覚えも、つけた覚えもないんだけどなぁ…
またゼロスの悪戯かもしれない。
―でも、貰えるものはもらっておくに越したことは無いかな。
大して気にもせずに服を着替えて、髪をとかす。
その他もろもろを済ませて…
おしっ!準備完了!
「リナさーん?準備、できましたー?」
ドアのむこうから、タイミングを見計らったように尋ねるゼロスの声。
「 できたわよー!」
―覗き見してたんじゃないでしょうね……
そんな思いを抱きながら答えるあたし。
「それじゃ、いきましょうか?」
その声を合図に、ゼロスとあたしの身体がかき消えた。
あたしと、ゼロスの同居生活が始まってもうすぐ1年が経つ。
最初は敵同士だったけど、いつの間にかお互いに惹かれあっていたわけで。
魔族には結構反対されたけど、カタート山脈に住むという条件と魔族に危害を加えない(笑)
(←まあ、なんてったって魔族のブラックリストに載ってるようなあたしだし?)
という条件をのむことで、ゼロスと暮らすことを許されたのだけど…
最近、何だか違和感を感じる。
こうまでして望んだ生活のはずなのに。
―ここは本当に私のいるべき所なのだろうか?
そんな疑問が浮かぶことがよくあるのだ。
しかし………
「着きましたけど…大丈夫ですかリナさん?顔色が余りよくありませんよ?」
心配そうに覗き込むゼロス。
―…この顔をみているとどうも言い出しにくい。
「なんでもないわよ。それより、早く回ろ?午前で閉まっちゃうんでしょ?」
「そうしましょうか。」
あたしはゼロスと違い普通の人間なので食べ物は必要不可欠だから、たまにこうして人のいる町に出向いて買い物したりする。
肉屋、八百屋、魚屋、その他色々と回り、とりあえず1週間分の食料を買い込んだ。
「ふぅ〜…疲れたぁ…」
家へ帰ると、すぐさま部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。
荷物持ちのゼロスとつれているといえど、あたしの1週間分の食料を一気に買い込んだのだ。
どれだけの量かは言うまでも無い。
毎回の買出しが面倒に思えるのは、いちいち食料を買い込むこと自体に慣れていないからだろう。
「前まではこんなことしなくても、ご飯時にどっかの食堂にでも行ってお金払えば済んでたのにな」
思わずそう洩らすと、先ほどの夢が脳裏をよぎった。
あの人は一体誰なんだろう……。
知っている人のような気もする。
けれど、過去の記憶を辿ろうとすると頭のどこかで警報が鳴る。
―考えちゃいけない!この暮らしがあたしにとって一番良い筈なんだから…!
あたしは無意識に自分に言い聞かせていた。
胸のあたりがズキズキと痛む。
―そういえば……
首から引っ張り出したのは、例のペンダント。
改めてよくよく眺めて見ると、プラチナだと思っていたそれは、見たことも無い金属で、細かく刻まれた文字はカオス・ワーズだった。
“我が力を享受せし者は 封印の力を得るものとする”
そう読めた。
―『我が力を享受せし者』っていうのがこれをつけているあたしの事だとすると、封印の力って何?
―あたしが何を封印しているというのだろう?
これを外せば封印は解けるのだろうけれど、何らかの契約を交わしているようで外れない。
けれどそんな事全く記憶に無……
―…記憶?あたしが封印したのは記憶なの??
「リナさ〜ん、入りますよ?ご飯の用意が………っ!!」
ゼロスの視界には、ペンダントを握り締める、あたしの姿。
彼の顔が一瞬にしてこわばるのがわかった。
―間違いない。彼は何か知っている。
「ゼロス…これ、なんなの!?」
「今は教えるわけにはいきません…」
うつむき加減で、悲しそうな笑みを浮かべるゼロス。
「今知ってしまったら、リナさんは苦しむでしょうから…」
よほど重大なことなのだろうか。
ずきんっ!!
痛みだす胸。
「ねぇ…金髪碧眼の男の人……知ってる?」
「!!」
あからさまに動揺する彼。
「あたし、どうしても思い出せないんだ…」
「駄目です!!リナさんっ!何も考えてはいけませんっ!!!」
どくんっ!!
……ナ……リナ……
「あたしを呼んでるのっ!!」
聞こえる声は、懐かしくて、切なくて。
「リナさん!!!」
想いが止められない。心のブレーキが効かない。
……はやく……帰って来い………
「誰なの!?」
「っ!!もう仕方がありませんね!!」
ゼロスが実力行使を試みて、リナに駆け寄ろうとした、その時。
―――!?――――
暖かい、優しい眼差し。
女の子がほっとくわけない容姿なのに、交際を申し込まれても、毎回笑ってかわしてて。
すっごく心配性で、大したことなくてもすぐに怒って。
でも、いつも笑って許してくれて、手を差し伸べてくれる――――……
貴方は……貴方は………―――!!!
――――リィ……――――ガウリィ―――――!!!
パアンッ!
握り締めていたネックレスが、音を立てて砕けた。
その破片は、手に突き刺さるわけでもなく、虚空に流されて消えてゆく。
気がつくと、あたしは泣いていた。
「思い出してしまいましたね……」
「あ………」
あたしは全てを思い出した。
記憶を封じたわけも。
―そうだ……迷惑を掛けたくなくて……――
いつも魔族の目の敵にされていたあたし。
そのせいで、毎日のように戦っていた。
目に見えて、危険にさらされている彼――。
それが耐えられなかった。
いとしいあの人を、絶対に死なせたくはなかったから。
魔族側の出した条件は、あたしを差し出すこと。
それで彼に危害を加えないと約束させて。
あたしはゼロスと暮らすことにしたのだ。
楽しかった、そして二度と戻れないあの時の記憶を封じて。
矛盾が生まれないように、記憶を失った部分には、偽りの過去が与えられた。
実質、ゼロスとは1年も暮らしていない。1ヶ月足らずだ。
「あと…一日だったのですけどね……」
ゼロスは、ため息と共に言葉を紡ぎだす。
脳が、偽りの記憶を本物だと認識するのに必要な日数が、ちょうど1ヶ月。
記憶を封じるということはとても技術的に難しいもので、ゼロスの魔力を以ってしても、1ヶ月、記憶を永続的に抑えることは出来なかったのだ。
それで補佐役を務めたのが、例のネックレス。
ゼロスにも迷惑を掛けてしまったが…いまのあたしにはそんなことを考えている余裕はなかった。
――会いたい――――!!!ガウリィに―――!!
会ったら帰りたくなくなることなど分かっているのに。
けれど、気持ちが抑えきれない。
あたしは無意識に家を飛び出していた。
カタートと人間界の境界には、人間が入れないようにバリアが張ってある。
「翔封界!!」
あたしは空に舞いあがり、躊躇うことなく、バリアにそのまま突っ込んだ。
バチバチバチッ!!!
「っくぅ………!!」
全身を、焼けつく様な痛みが電気のように這い回る。
でも、そんなことは気にならない。
ガウリィに会うためなら。
バリアのせいでかなり飛ぶスピードは落ちてしまったが、気力を振り絞って飛び続けた。
彼は……あの場所にいる筈。
* * *
広い広い草原に、一人の男が立っていた。
太陽の光に溶け込むような、金色の髪。
それは夢にでてきた場面そのもので。
あの時は声がでなかったけど、今なら言える。
愛しくて大好きなあの人を―――。
「ガウリィ!!!」
男は驚いたように振り向いた。
「…リナ……?リナなのか………?」
戸惑いと、喜びの入り混じった声。
「ガウリィ〜〜〜〜〜っ!!」
痛む身体を引きずって、あたしはガウリィの元へ駆け寄ろうとしたが……
その瞬間、視界が暗転した。
うまく立っていられない――…。
「リナッ!?おいリナ……」
朦朧とする意識の中で、ガウリィの声だけが聞こえる。
安心する声―――。
あたしは暗闇に、その身を委ねた―――……。
次にあたしが意識を取り戻したのは、ベッドの上。
ここは………宿屋??
ぼんやりしていたが、状況を把握するのにさして時間は要らなかった。
―そうだ…記憶が……!!
慌てて起き上がろうとして、右手が動かないことに気付く。
―――あ―――……
あたしの右手を掴んだまま、ベッドに寄りかかって寝ているガウリィ。
ずーっと心配していてくれたのだろうか。
ガウリィの手を握ったまま、あたしはゆっくりと上体を起こした。
「…ごめんね、ガウリィ…。あたし、いつも心配かけてばかりだね…」
握っている手に、自分の左手を添えて、あたしはつぶやいた。
「あたし…やっぱり貴方を危険な目に遭わせたくないから……カタートに戻るよ」
いつしか頬を伝う、一筋の涙。
「さよなら…ガウリィ…」
いって、そっとベッドから立ち上がり、手を離そうとして…
「そうやって、1ヶ月前みたいに俺に何も言わせずにいなくなる気か…?」
「――っ!!」
ゆっくりとガウリィは目を開けた。
「俺がこの1ヶ月、どんな気持ちだったと思ってるんだよ?
いきなり姿を消して、残された書置きが『さよなら。ごめんね。』って……!」
まっすぐにあたしを見つめる、蒼い瞳。そこには悲しみの色が浮かんでいた。
「あたしね…貴方を失うことが、何よりも怖いの。
ルークと戦った時だって……貴方が倒れた時…怖くてしょうがなかった!
…だから貴方はあたしといたら駄目なのよ……やっ!!」
だんっ!
ガウリィが握っている手に力をこめたので、そのままベッドに押し倒されるような形になる。
「リナ…お前は分かってないよ……」
さっきより顔の距離が縮まって、あたしは思わず顔をそむける。
「リナがいないと、俺は生きていけないんだ!」
目の前にあるのは『保護者』ではなく、男の顔。
その気迫に、あたしは思わず身をすくませた。
「リナといると、俺の命が危うい?逆だよ。俺は、リナがいないと駄目なんだ……」
「…………。」
「リナ……俺はリナをおいて絶対にいなくなったりしない。約束してもいい」
「…………。」
「だから……ずっと俺の側にいてくれ……頼む……リナなしの生活なんて耐えられないから……」
一言一言を、かみしめるように話すガウリィ。
「リナ……愛してる……もう…どこにも行かないでくれ……」
「なんで…そんな事いうの…?そんな事言われたら…あたし……」
カタートに戻れないよ……。
「……っうぅ……っく……」
涙が頬を伝ってシーツにじわりと広がり、染みを作った。
唇に不意に触れる、優しい感触。
そこから伝わる、暖かい体温。
冷え切り、凍っていた身体を溶かしてくれる。
世界で一番、安心できる場所。
――……大好きだよ、ガウリィ……――
「あたし……ここにいてもいいの?」
今まで、答えを聞くのがとても怖くて、聞けなかった質問。
でも貴方はとても優しい顔であたしの涙を拭きながら、こう答えた。
「ああ。いつまでも俺の側にいてくれ……」
って―――。
* * *
「それにしても……お前、この1ヶ月誰と暮らしてたんだ?」
「え………?(汗)」
「魔族がどーとかいってたが…まさか……」
「え〜と…えと!ガウリィ!?1ヶ月ぶりの再会なんだし……どっかで遊ばない!?
あ!そーいえば…明日から、どっかの国がお祭りだっていってたし!!」
「誰が?」
「う゛っ………っ!!そそそういえば、この宿随分豪華じゃないっ!?」
「そうだな。急いでたから最寄の宿に駆け込んだんだが…確かに寝るだけじゃもったいないなぁ」
「『確かに』って!?あたし、『もったいない』って言った覚えはないわよぉぉっ!?」
「…まあ、俺としてはそんな事は問題じゃないんだけどな★」
そういって、あたしの肩をわしっと掴むガウリィ。
「え゛……ちょっとガウリィ?この手は何……?」
「この体勢は丁度良いしな★」
あぁっ!!そういえばベッドに押し倒されっぱなしだったしっ!!
「それじゃいただきます★」
「……どうぞ召し上がれ……(涙)」
そんなこんなで、あたし達が翌日のチェックアウトの予定時刻を大幅に遅れて、
宿の女将さんにめちゃくちゃ怒られたということは、言うまでもない。
けれど、あたしはこんな生活が一番幸せ。
願わくば、貴方の隣にあたしがいる日が一日でも長くありますように……。
<FIN〉
おまけ☆
ゼロス・あの…僕は一体どうすればよいんでしょうか??(笑)
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あとがき。
こんにちわvv燐でございます!小説は実は書くのが初めてでして…。
不束者ですが、楽しんでいただければ幸いです〜!
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