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ぱたぱたとスリッパを鳴らして薄暗い廊下を歩いてきたあたしは、ある部屋の前でぴたっと足を止めた。
宿のあたしの部屋の一つ手前。
ガウリイの部屋の前で、ちょっとためらう。
・・・・どうしよう。
まだ寝てはいない、と思うんだけど・・・でもさすがにあいつも疲れてたし・・・
ノックしようと持ち上げた手が、宙を彷徨う。
でも、やっぱり・・・我慢できないし・・・
このままじゃ、辛いし・・・
でも・・・・
「・・・・・・リナか?」
扉の前で迷っていたあたしの気配を感じたのか、部屋の中からガウリイが声をかけてきた。一瞬ドキッとして、そしてあたしは小さく息を吸い込んでノブに手をかけた。
「・・・・ガウリイ・・・起きてた?」
扉を半分だけ開けて部屋の中を覗き込む。ガウリイもお風呂から戻ってきたばかりなのか、ベッドに腰掛けながらタオルで乱暴に髪を拭いていた。
「おう。どーした?中に入れよ」
「・・・・うん」
濡れて乱れた髪のガウリイが何だか色っぽく見えて、どきどきしながらそろっと部屋の中に入った。
「リナも風呂上がりか?こら、ちゃんと髪乾かさないと湯冷めしちまうぞ」
めざとくあたしの髪がまだ濡れているのに気付いたガウリイが、立ち上がってあたしの肩にかかっているタオルを取り上げた。
ふわっとタオル越しに頭を包み込んだ大きな手が、ゆっくりと丁寧にあたしの髪を撫でていく。自分の髪はあんなに乱暴に拭ってたくせして。でも、痛まないから不思議だ。
目の前に立っているガウリイから、石鹸の香りがほのかに漂ってくる。
・・・・どうしよう。
別に、初めてってわけじゃないのに、やけに緊張してきた。どきどきする。
「リナ?どーした?顔赤いぞ。のぼせたのか?」
おとなしいあたしの様子に気付いたガウリイが、ひょいっと顔を覗き込んだ。至近距離に蒼い瞳。
「・・・・そうじゃなくって・・・あの、ね・・・?」
「ん?何だ?」
「・・・だから・・・その・・・ガウリイに・・・ね?」
「俺に?・・・どうしたんだ、リナ?」
俯いてしまった顔をガウリイの手が優しく上に持ち上げてくる。不思議そうな、でもとても柔らかい瞳があたしを促した。
「えっとね・・・だから・・・・最近急に寒くなったじゃない?」
「そうだな?」
「護衛の依頼なんて受けちゃったもんだから、木の葉が舞う吹きっさらしの中、2日も門の前で立ちっぱなしだったでしょ?」
「ああ、確かに寒かったよなぁ。何度か交代したって言っても夜もずっとだったしな。でも今日でその仕事も終わっただろ?」
「・・・・・まぁね。結構疲れたから早く寝ようかと思ってたんだけど・・さ?」
「・・・・リナ?」
泳がす視線の先で、不思議そうだったガウリイの顔が不意に赤らんだのが見えた。ぴくっと身体が固まってる。目を見開いてぽかんと小さく口も開いちゃってる。
「・・・でも・・・・・やっぱいい。ガウリイも疲れてるでしょ。遅くにごめんね。おやすみ」
「リナっ」
身を翻してドアに向かおうとしたあたしを、ガウリイが後ろから抱き締めた。
ぱさり、と。手に持っていたタオルが床に落ちる。
「・・・疲れてないさ」
ガウリイの声が変わる。
体温すら、変わっていく。
保護者のそれから、男のそれへ、と。
お風呂上がり。
まだ湿っている洗い髪。
ほかほかしている身体を包む無防備なパジャマ。
ためらいがちに部屋の前に佇むリナ。
言いにくそうに顔を赤らめて・・・・
「・・・ガウリイ・・・疲れて、ない?」
「ああ。全然疲れてない」
熱い声と共に抱き締める腕に力がこもる。
そんなガウリイの変化にあたしは微笑む――――心の中で舌を出しながら。
「・・・・あのね・・・お願いが、ある・・・の」
「・・・言ってごらん」
くるり、と腕の中で反転させられて、再び至近距離で向かい合う。
優しいけどとても熱い蒼い瞳に、ちょっと流されそうになる心を押しとどめて、あたしはにっこりと笑いかけた。
「肩揉んで♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
たっぷり30秒程固まっていたガウリイが、目を点にしてあたしを見る。それにあたしはにこにこと笑ってみせた。
「だ・か・ら。肩揉んで欲しいの。ほら、寒い中でずっと立ちっぱなしだったじゃない?肩竦めて身体堅くしてたからもう肩と背中が凝っちゃってガチガチなのよ」
「・・・・・・・・」
「お風呂の中で揉んでみたけど、どうもすっきりしないのよね。だからさ、ガウリイにマッサージしてもらいたいなー♪と思ったわけよ」
「・・・・・・・・・・・・あのなぁ・・・・」
すっかり脱力しきって床に滑り落ちたガウリイが情けない顔であたしを見上げた。それに小さく舌を出してウィンクしてみせる。
「あたしはちゃんと聞いたわよ?疲れてないかって。マッサージってする方もされる方も結構疲れるのよね。まぁ、してもらう方は気持ちよく疲れるんだけど。ガウリイ、全然疲れてないって言ったわよね♪」
「・・・・・・・・お前は悪魔か・・・・」
「あーら?一体何のことかしら?」
「・・・ここまで期待させといてそれかよ・・・」
恨めしそうな声と表情にちょっと胸が痛むけど、こんなチャンスは滅多にない。
「だってぇ・・・肩凝りって本当に辛いのよ?ガウリイみたいな男の人にはわからないかもしれないけどさ、華奢でか弱い女の子にとっては大変なんだから」
「・・・・・・・わかったよ」
海よりも深いため息をつくと、ガウリイが力なく立ち上がった。床に落ちたタオルを拾い上げ、シーツの上に広げる。
「ありがと、ガウリイ♪」
降参したガウリイに喜んで椅子に座ると、ぐいっと腕を引かれてしまった。
「そこじゃない。こっちだ」
「こっちって・・・ベッドの上?」
「そう。うつ伏せになって横になる。その方が楽なんだよ、俺が」
「う・・・じゃあ・・・」
さすがにぶっきらぼうな口調になったガウリイに、どきどきしながらもベッドに寝そべった。
ガウリイにマッサージしてもらうのは、別に初めてってわけじゃない。
だけど、触れられるたびにどきどきする。
邪魔になる髪をかきあげようと、首筋に触れた指の感触に、思わずぴくんっと小さく身体が跳ねた。
ギシっとベッドが音を立てる。あたしの身体を跨ぐようにしてガウリイが覆いかぶさってきた。
髪を横に流してあらわになった首筋を肩に向かって手がなぞっていく。薄いパジャマ越しに伝わってくる指の感触と体温。
「・・・本当に結構凝ってるな」
「でしょーっ!?・・・あっ・・ん、そこそこ。くぅ・・・」
「・・・・・・お前ってほんとに・・・」
「何よぅ・・・んっ・・・いい・・・ガウリイ、上手いじゃない」
「・・・・・・何だかすっごい虚しいんだが・・・」
深いため息をつきながらも、ガウリイの手はあたしの身体の凝りをほぐしていく。
触れて軽く揉んでもらうだけで、堅くなった筋肉が暖かくなって溶けていく感じ。お風呂で温めて自分で揉んだ時よりも、簡単に凝りがほぐれていく。
「誉めてんのよ・・・だって・・・・」
――――あたしを気持ちよくしてくれるのは、いつだってガウリイなんだから。
きっと他の人の手じゃ、こんなに簡単に凝りは取れない。
それ以前に、こんなに無防備に身体を預けてなんていられないだろう。
もしかしたらあたしよりも、あたしの身体を知っているガウリイにだからこそ、こんなにも安心して全部を委ねることができるんだから。
「・・・・第一・・他の人になんてあんたが触れさせないでしょう?」
「当然だろ」
「うぎゃっ・・・痛い痛い痛い〜〜〜〜っっ」
「まったく」
「痛くしないでよっ・・・・ひゃんっ・・・ちょ・・・待って・・・・うひゃひゃひゃひゃっ・・・くすぐったい〜〜〜」
「このわがまま娘」
「根に持たないでよぉ〜〜」
――――ポキボキィ!
「○*□◆※☆〜〜〜!」
後ろから羽交い締めされて海老ぞりに持ち上げられた途端に、身体からとんでもない音がした。
「〜〜〜〜何すんのよ!あたしを壊す気!?」
涙目で訴えるあたしに、ガウリイは意地悪気な目でニヤっと笑う。
「まさか。背骨鳴らしただけだ。ほら、すっきりしたろ?」
「hっ・・・」
言われて身体を回してみると軽い。
首もコキコキしてみても、とっても楽になってる。
確かにスッキリしていた。あの肩にのしかかっていたなんとも言えない重みが消えて、けだるい心地よさを感じる。
「はーっ・・・すっきりしたぁ。さっすがガウリイ!天才だねっ!さて、ではこれにておやすみ〜〜」
軽くなった身体でそそくさとベッドから降りようとしたあたしの足を、大きな手でガシっと掴まれた。
恐る恐る振り向くと、とびきりの笑顔を浮かべているガウリイ。
・・・・・・恐いってば・・・・
「リーナ♪」
「な・・何でしょう・・・?」
「いくらなんでもこのままおやすみ、って、俺が帰すと思うか?」
「・・・・・あたし的には思いたいんだけど・・・ダメ?」
「ダメ♪」
「・・・ガ・ガウリイさん?目が恐いんですけど・・・?」
狭いベッドの上でズリズリと何とか離れようとするけれど、ハッキリ言って逃げ場はない。
まさに蛇に睨まれたカエルの状態。
彼の瞳の熱に飲み込まれていく。
目が逸らせなくて。視線から注ぎ込まれた炎が、あたしの中で燃えはじめる。
――――最初から、逃げられっこないってわかってはいたんだけどね。
「・・・・手加減してよね」
「それはどーかな?」
真っ赤な顔で降参したあたしに、ガウリイは満足げに微笑んだ。
せっかくマッサージしてもらったのに、次の日身体がくたくたで起きあがれなくて、結局連泊するはめになってしまったのは・・・・よくある話、かもしんない・・・・
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