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――――朝目を覚ますと、世界は白一色に染め変えられていた。
「うわぁ・・・一晩でよくこれだけ積もったわねぇ」
カーテンを開けると清冽な朝日が白い雪に反射して、まばゆい程の光が部屋の中に射し込まれる。
窓を開けると冷たく澄んだ空気が流れ込んできて、あたしの身体をブルっと震わせた。
活気づいてくる朝の町。
雪の量に喜ぶ子供たちの歓声。ぼやきながら雪かきする音。賑やかなんだけどどこか静かな町の音。雪が多少の音を吸収しているせいだろう。何だか雪のクッションの上で弾んでいるような、そんな感じ。
こんなに大量の雪を降らせた雲はどこかに消えて、空は抜けるように青い、極上の天気。
旅をするにもそんなに差しつかえはないけれども。
「連泊にしておいて正解ね」
あたしは窓を閉めて、もう一度ベッドの中に潜り込んだ。
冷えた身体を包み込む毛布が暖かくて気持ちがいい。思わず再びうとうとと目蓋が閉じかけた。が・・・
―――トントン
「リナーっ!雪だぞ!」
ドアのノックと共に大きな声があたしの微睡みをさまたげた。予想通りの展開に思わず苦笑する。
まったく。嬉しそうな声しちゃって。
「リーナー。起きろよ」
「やーよ。今日はあたしはネコになるから、ガウリイは外で遊んでおいでよ」
ベッドの中からガウリイに答えた。声に笑みが混じるのは仕方がない。
「何だよ、ネコって?」
「♪イーヌは喜び庭駆け回り ネーコはこたつで丸くなる♪」
「・・・俺はイヌか?」
「そーゆー事。あたしはもうちょっとぬくぬくしてるからさ♪」
「ええ〜、折角こんなに綺麗なのに」
「もう少ししたら起きるわよ」
「雪が積もってるから今日はそんなに寒くないぞ?」
「いーから。いーから」
「〜〜〜〜んー・・・じゃあちょっと行ってくるな」
「行ってらっしゃ〜い」
ちょっと拗ねた声をしていたけれど、結局ガウリイは1人で外に出ていった。
躊躇ってたのは少しだけで、すぐ、多分わくわくした何とも言えない嬉しそうな顔をして行ったに違いない。
「本当に子供と一緒なんだから」
あたしは毛布に包まってベッドから窓の外の雪を、微笑みながら見ていた。
冬。一番最初に雪が積もった日は、ガウリイが子供に返る。
嬉しそうに雪と戯れてはしゃいで。
気持ちはわからなくもないのよね。確かにシーズン最初の雪っていうのは何となく嬉しいし。まぁ、あたしは寒いの嫌いだからこうやって暖かい場所で眺めているのが好きなんだけどさ。
いつもは大人ぶってる彼の、童心を呼び覚ましてくれる雪。
最初に遊ぶだけで、不思議に次からは別に普通なんだけれどね。
――――あ、ガウリイの声がする。
毛布を巻き付けたまま窓に近寄って外を見ると、宿のおばちゃんから雪かきを頼まれているガウリイの姿が映った。
大仕事だってのに、にこにこと受け取って猛然と宿の前の雪をかき始めた。
・・・・前足で雪を掘って遊んでるイヌよ、それじゃあ。
あたしは笑いを堪えてガウリイを見ていた。
明るい日射しがガウリイの金髪と白い雪を輝かせる。こうやって見ていると素直に綺麗だな、って思う。
同じように雪かきしているおっちゃんたちと楽しそうに挨拶を交わしながら、ガウリイが雪の山を作っていく。
あ、子供たちが近寄ってきた。
ガウリイが作った雪山を見て何か相談している。
話し掛けられたガウリイが嬉しそうにうなずくと、雪山のお腹をくり抜き始めた・・・ああ、かまくらを作っているのね。一緒になって小さな手が穴を掘りはじめる。
掘って余った雪は、いくつもの小さな雪玉に作り替えられた。
ピンっときて注意して向こうを見ると、同じような子供たちのグループが、同じようにかまくらと雪玉を作っているのが見える。どうやら雪合戦でも始めるらしい。
こんな雪の日は、町中が子供たちの絶好の遊び場。
あたしも小さな頃はこんなことして遊んだっけ。
あの頃は勝つ為には手段を選ばなかったし、店の前でやってたものだからよく『店を壊す気!?』ってかーちゃんに怒られたけれどね。
ああ、でも。やっぱり冬の最初に雪が積もった時は、怒られなかったっけ。ガウリイのような大人が率先して一緒に雪を楽しんだような気がする。
あ、準備が出来たみたいね。輪になって作戦会議しているのを羨ましそうに見ているガウリイ。どーせあんたのことだからそのうち仲間に加わっちゃうくせに。
子供たちにもよく懐かれるもんね。精神年令が子供と一緒だからって説もあるけれど。
・・・・ほら、やっぱり。
そんな所に立ってたから当然のように敵チームの雪玉に当たって、笑いながら投げ返した雪玉が敵のボスに当たった途端に仲間になっちゃってる。本当に子供と一緒。
見ているこっちまで楽しくなって来る。まぁ、寒いから一緒にはやらないけれども。
飛び交う雪玉と楽し気な歓声が町に響き渡っていく。
あたしは暖かい気持ちで微笑みながら、毛布を取り服を着替えて部屋の暖炉に火をつけた。
冬になると、寒がりのあたしは出来るだけ部屋に暖炉がついた宿を選ぶようにしている。多少割高になるけれども寒さには変えられない。
それに、今は遊んでて寒さを感じていない誰かさんが戻ってきた時に、暖かいように。
「ガウリイってば朝食まだなのも完全に忘れてるわね」
窓の外からの歓声を聞きながら、あたしはしょーがないなぁと苦笑しながら食堂に降りていった。
◇◇◇◇◇
子供たちにせき立てられて、食事を流し込むようにお腹に流し込むとガウリイは再び外へ出ていった。
「あんたのお連れさん、元気だねぇ」
「あはは・・・まぁ体力だけが取り柄だから」
「雪かきしてくれて助かったよ。朝食のお代はお礼って事にしておくね」
「サンキュー、おばちゃん♪散らかした雪はまたちゃんと片付けさせるから」
「そうしてくれるとありがたいね。まぁ冬の風物詩だし、子供はそのくらい元気な方がいいんだけどね」
「でっかい子供も混じってるけど・・・あ、そうだ。おばちゃん、ちょっとお願いがあるんだけれど・・・」
◇◇◇◇◇
空が夕暮れの色を帯びてきた。太陽が光の強さを失い、雪の上を渡ってきた風が冷気を纏って町を通り過ぎていく。
外の寒さを示すように、窓が白く曇り始めた。
あたしはずっと暖炉の側で、外の賑やかな声を聞きながら魔道書を読んだり書き物をしてみたり、ゆっくりのんびり過ごしていたけれど。
「ガウリイ。そろそろ中に入りなさいよ」
窓を開けて顔を出し、いまだに子供たちと大きな雪だるまを作っていたガウリイを呼んでみた。
「おうリナ、これだけ作っちゃったらな」
あたしを笑顔で見上げて手を振ってくる。一緒にいた子供たちも一斉にこっちを見上げて手を振ってきたから、あたしも苦笑しながら手を振り返した。
「大きいの作ってるわねぇ。でもそろそろ家に帰る時間よ、また明日にしたらどお?あんたたちも風邪ひいちゃうわ」
「大丈夫だよー。寒くないもん」
「子供は風の子だもんな」
真っ赤な顔で白い息を吐きながら男の子たちが胸を張ってる。遊びに夢中になってる時って寒さって感じないものなんだよね。
これだけ遊んでてもまだ遊び足りないのかな。子供の頃って時間が速く過ぎていくような気がしたっけ。
そんな中でガウリイは町の様子をちらっと見て、暗くなり始めた空を見て。
しまった、というふうに苦笑した。
「すぐに帰らせて戻るよ」
「はいはい」
あたしも苦笑を返して部屋の中に戻った。子供たちの不満そうな声が微かに聞こえるけれど、この分だと30分ぐらいで戻ってくるだろう。
――――トントンっ
「開いてるわよ、ガウリイ」
声をかけると、照れくさそうな顔をしたガウリイが部屋に入ってきた。
「あったかいなぁ、この部屋」
「まったく、よく遊んできたわねぇ」
「ははは・・・リナ、おみやげ」
「?何?」
後ろに隠していた手をあたしの前に差し出すと、手のひらに乗っている小さな雪だるま。
「ネコは結局外に出てこなかったからなぁ」
「あ、ありがと・・・」
あたしの手にそっと乗せてくれる。ひんやりとした冷たさに一瞬ぶるっと身体が震えた。でも心はふわっと暖かくなった。
手ひらサイズのとぼけた顔をした雪だるま。
「ありがとね。あっ、でもどーしよー・・・ここじゃ溶けちゃう」
「あ・・そうか」
あたしの手の体温でじんわり溶け出してしまっている。この部屋も暖かいし、せっかく作ってくれたのに・・・
ガウリイもそこまで考えてなかったようで困った顔をしている。
ちょっと考えて・・・・窓枠にちょこんと乗せると。
「氷結弾(アレンジ縮小版)」
「・・・・・おいおいおい」
氷漬けになった雪だるまにガウリイが苦笑した。
「こうしておけば一晩くらい持つでしょ?」
「まぁ・・・そうかもしれないがな」
・・・なんか自分の姿を見ているようだ・・・とガウリイがぼやいているのを耳にしてクスクスと笑いながら、お茶を煎れる。身体が中から暖まるようにちょっとだけお酒をたらして。
暖炉の前にどっかりと座り込んだガウリイにカップを渡すと、暖炉の隅で温めておいたものを取り出した。
「いい匂いするなぁ」
目を細めて嬉しそうな顔をしているガウリイに、パチっとウィンクして包んでいたホイルを取り外した。
「まぁ、あんたは絶対風邪なんてひかないと思うけどね」
宿のおばちゃんに頼んでわけてもらったリンゴを、バターと一緒にホイル焼きにしておいたのだ。
これも年に一度、雪が最初に積もった時にあたしが作ってあげるもの。
ガウリイがこの日だけ子供に返るように、あたしはこの日だけ母親のようになる。
部屋を暖かくして、昔かーちゃんがしてくれたように風邪の予防の焼きリンゴを作って。暖炉の前で寄り添って身体を温めながら、ガウリイの話を聞く。
もう何回こうやって最初の雪の日を過ごしただろう。
特別なことじゃないけど、あたしたちにとってはちょっとした記念日のような、そんな1日。
寒いのは嫌いだけれど、ここはこんなにも暖かい。
ひょいっと前触れもなくガウリイの腕があたしを持ち上げて、あぐらをかいている彼のひざの上に降ろされた。
「ちょ、ちょっと、ガウリイ」
「まあまあ。ネコは寒がりだからさ」
「ここは暖かいでしょーが!まったく、子供なんだから」
「今日だけな」
「今日だけよ」
きゅっと抱きついてくるガウリイに呆れた笑みを浮かべながら、あたしはおとなしく抱かれていた。
暖炉の炎よりもずっと暖かい。
「・・・何かさ・・・いいよな」
「・・・そーね」
何をとか何がとかは言葉にしなくても、お互いに伝わる。目と目が合って、同時に微笑んだ。
ずっとこれからも。
こうやって冬の始まりを過ごしていけたらいいな。
静かに過ぎていく贅沢な時間を。
窓のところから小さな雪だるまの目が、嬉しそうに見ていた―――――
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