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――――すぅ・・・
小さな小さな寝息の音に、あたしは読んでいた魔道書から顔を上げて後ろを振り返る。
そこには、ベッドの上で横向きに寝転がっていたガウリイがいつの間にか、眠っていた。
窓の外は雨の糸が絶えまなく降り落ちている。
柔らかく、いっさいの雑音を閉じ込めて。
ベッドを背もたれにして床に座り込んで魔道書を読んでいたあたし。
ベッドの上で防具の点検をしていたガウリイ。
外は雨。
宿に閉じ込められたあたしたちの、なんでもない日。
傍らに置いておいたカップには、すでに冷めてしまった香茶。
そのすぐ隣には、飲みきって空になったガウリイのカップ。
いつ置いたのか、気付かなかった。
いつ置いたのだろう。
いつ防具の点検を終えたのだろう。
魔道書に夢中になっててちっとも気付かなかった。
片手で頭を支えて眠るガウリイの、今は閉じられている瞳の向きが。
あたしの方を向いていたことにも。
外は雨。
昨日の夜から降り続いているせいで少し肌寒い空気。
1人の部屋では少し冷えたのに。
床に座っていたにもかかわらず、今あたしのまわりの空気は暖かい。
何もしていないのに。
あたしは本を読んでいて、ガウリイは眠っていて。
なのにとても暖かく感じて、ふわっと何故か微笑みが浮かんだ。
静かな静かな1日。
会話もほとんどなく、2人でいてもそれぞれ好きなことをしていたのに。
気まずくもなく、戸惑いもなく。
ただ、自然に一緒にいた。
特に用事があるわけでもないのに。
魔道書にしおりを挟んで閉じ、床に置く。
膝立ちになってベッドに肘をついた。
ほんの僅か、あたしの重みでシーツが引っ張られる。
でも、ガウリイは起きなかった。
すぅ・・・すぅ・・・
規則正しい寝息を立てて、微睡むガウリィ。
額がつくくらい近くに顔を寄せて、その寝顔を見つめていても起きる気配はない。
―――くす。
小さな笑みが唇から漏れ、満足げな笑顔が顔中に広がっていくのを感じた。
側にいることの当然。
一緒にいることの必然。
ガウリイがあたしの側でうたた寝をしている。
その、奇跡のような自然。
超一流の戦士が微睡んでいる。
あたしの側で。
それはあたしが『他人』ではなくなったから、と。
自惚れてもいいのだろうか?
微かに微笑みを浮かべているような安らかな寝顔を見れるのは、今はあたしだけだと。
あたしの側は安心出来ると認識したのだと。
そう、思ってもいいのだろうか。
大切な相棒がゆっくりと変化する。
あたしの心と共に。
寝顔を見た瞬間に沸き上がってきた愛おしさ。
言葉に現わすには曖昧で、でもこの暖かい穏やかな気持ちは。
友情よりも、遥かに甘い、くすぐったさがある。
最高の相棒は。
あたしのなかで泣きたい程大切な人に、変化していた。
そして、彼の瞳の色の変化も。
あたしを見つめる、その視線が。
あたしの髪を撫でる、その手の優しさが。
少しずつ熱いものになっていくのを、あたしは感じ取っていた。
「・・・・風邪、ひいちゃったら困るじゃない・・・」
つぶやきながら、ガウリイの足元に固まっている毛布を取り上げ、そうっと彼の身体に掛けた。
ぴくり、と一瞬震えたけれど。
変わらず、すぅすぅ、寝息をたてている。
起きている時には。
その蒼い瞳に晒されると、まだ身体が固まって。唇は心とは裏腹のセリフを勝手に紡ぎ出すから。
自覚し始めたばかりの気持ちにまだ心は素直になれないでいる。
だけど。
夢の中では言えるように、眠っている今なら言える。
ほわっと暖かい思いが、唇から言葉になってほんの少しだけ溢れた。
「・・・・ずっと、あたしだけを見ててよ。ガウリイ・・・」
ずっと、あたしの側で。一時も離れないで。
あたしを見ていて。
独占欲丸出しの願いを込めて、閉じた瞳に唇が触れる。
綿毛が大地に落ちるように、羽毛が風に舞うように。
吐息が触れるような、始めての口付け。
微かに微笑みを浮かべて眠るガウリイは、それでも起きることはなかった。
くすっ、と唇から笑みが漏れる。
顔全体に笑みが広がって、胸の奥が暖かくなる。
あたしは再びベッドに寄り掛かり、床に置いた魔道書を取り上げてページをめくった。
ガウリイの寝息を背中に感じながら、読み出した先程の続きにすぐに没頭する。
――――だから、ベッドにかかったあたしの髪を。
ガウリイの指が一房搦めとったのも、気付かなかった。
静かに降り続く雨がゆっくり大地に染み込んでいくように。
静かに自然に心が寄り添っていく。
雨の、なんでもない1日。
予定のなんにもない、退屈なはずの1日。
だけど、それは雨の音に包み込まれて穏やかに過ごせた、とても贅沢な時間――――
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