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ねぇ、そろそろ降参する気はない?
微妙な駆け引きもいいけれど、我慢のしすぎは身体に悪いわよ?
あたしからは絶対に降参してあげないんだから。
・・・・何よ、余裕な顔しちゃって。
あたしだって負けてないわよ。初心者ながらあんたといい勝負してるんだから。
あんたにしたって、こんなに手こずってるのはあたしが初めてなんでしょ?
だからさ、いい加減降参しちゃってよ。
――――じゃないと。今夜、切り札使っちゃうからね?
◇◇◇◇◇
とっておきの切り札を胸に忍ばせて、あたしは隣の部屋のドアをノックしていた。
まだ夜も早い時間。
夕方早めに到着した街で取った宿。夕食もお風呂も済ませてしまって、特に用事もなく、やることもない。
盗賊いぢめに行くことも考えたけれど、寒いし。今夜はずっと続いているガウリイとの勝負に、ちょっとあたしに有利な日だし。
「開いてるぞ」
のんびりとした声にドアを開ける。
「どうした?」
暇を持て余せていたのか、単に習性か。どうやら剣の素振りをしていたらしいガウリイが、肩ごしにあたしの方を振り返ってにっこり笑った。
と同時にあたしの顔が赤くなる。
「ちょっとっ・・・服ぐらい着てやんなさいよっ」
「いやぁ、やってるうちに暑くなっちまって」
くるりと身体ごと振り返って苦笑するガウリイは、上着を脱いで上半身裸の状態。どのくらい素振りをやっていたのか知らないけれど、うっすらと上気していて、首筋にいくつか髪の毛が張り付いていた。
――――うう・・・やっぱし敵ながら手強い。
「・・・邪魔しちゃった?」
「いや。そろそろ終わりにしようと思ってたし」
言いながら剣を鞘にしまい、イスの背もたれにかけてあったタオルを手にとって軽く身体を拭くと、ベッドに投げ出されていた上着をかぶった。
流れるように自然な一連の動作を、無意識に目が追ってしまう。
だって、ガウリイの身体って綺麗なんだもん。口が裂けても絶対言わないけれど。ちょっと見愡れてしまうのよね。
しっかし、我ながら成長したなぁ。
前だったら、ガウリイの半裸なんて見た途端に大声出して速効逃げるか、呪文ぶちかましていただろうし。
「んで?何か用があったのか?」
「ん、用ってわけじゃないんだけど暇だったからさ」
クスっと一瞬だけ唇の端に意味ありげな笑みを浮かべたガウリイに、あたしはハっと我に返った。
いけない、いけない。
せっかくのチャンスの日なんだから、行動に移さないと。
まだちょっと顔が赤いままだったけれど、軽く頭を振って意識を切り替える。
「ガウリイ。ねぇ、飲みに出ない?」
「今からか?」
「だってやることないし、ちょっと飲みたい気分だし。あたし1人で行ったら怒るでしょ?」
ちょっと小首を傾げて上目使いでガウリイの瞳を見つめる。
「宿のおっちゃんが、女1人でも行ける感じのいいバーっての教えてくれたから、さっさと1人で行ってもよかったんだけど?」
「わかった。行くよ」
小さくため息をついて了解したガウリイに、あたしはにっこりと微笑んだ。
誘い出しはこれでよしっと。
心配してるんだろうけど大丈夫よ。この間みたいに飲み過ぎて・・・飲み過ぎたふりして首にしがみついたりはしないから。
まぁ、確かにちょっと酔ってはいたけどさ。
あの時もあたしのポイント高かったと思うけど、今日は趣向を変えてみるつもりだし。
「んじゃ、外で待ってるね」
「ああ」
軽く手を振ってくるっとガウリイに背を向ける。さり気なく足首のスピンを効かせるとフワッと洗って乾かしたばかりの髪がふんわりと広がった。
運動をして汗をかいていたガウリイの男臭かった部屋の中に、一瞬だけ花の香りが掠める。
そのまま振り返らずにあたしはドアを開け、廊下に出てから自分の部屋のドアに寄り掛かり、大きく息をついた。
「・・・・・ふぅ・・・」
緊張してドキドキしてる。
そろそろ、本当に。ガウリイに降参してもらわないとこっちの心臓も持たないし。
ポンっと胸に手を当てる。
切り札も持ったことだし、バーの下見もしてきたことだし。
ポケットから取り出したコンパクトを見ながら手早く淡いピンクの口紅をつけて更に武装する。戦闘準備は綿密にしておかないと。
「よしっ」
小さく気合いを入れて、呼吸を整えて。あたしはガウリイの部屋のドアが開くのを待っていた。
◇◇◇◇◇
上品な明かり。
滑らかなピアノのメロディが床を流れていく。
その音に乗せて、バーの片隅で歌姫が恋の歌を歌っている。
談笑する男女。
黙々と酒を味わう人。
賑やかな酒場とは明らかにランクが違う、落ち着いたバー。
「いい店だな」
「たまにはこういうとこもいいでしょ?」
「ああ」
得意げにウィンクしたあたしの頭を、苦笑しながらガウリイの手が撫でていく。
あたしたちのような行きずりの旅人は他にはいない。
最初、好奇の視線が向けられたけれど。今では場の雰囲気に馴染んでいた。
いつものように、賑やかにメニューのおつまみを全品制覇したりとか、ワインをボトルごとなんてまねしないし。
上品な店なだけあって、置いてあるお酒も少々高めばかりだったけれど、そんな事表情になんて出しはしない。
それはガウリイも同じ。
すでにこのラウンドでのあたしたちの戦いは始まっていたから、油断なんて出来ない。
あたしたちはカウンターの奥で並んで座りながら、舐めるようにグラスを傾けている。
最近は、あたしがこういったお店にいても浮いてしまうようなことはなくなっていた。
飲みに来る時は大体ガウリイと一緒っていうのもあるけれど、少しはお酒の飲み方が上手くなったせいと、ガウリイの態度のせい。
こういう場所で必要以上に子供扱いしてくれた昔と違って、今は同等に扱ってくれている。
今も、あたしを奥に座らせて、さり気なく周囲の視線から守るように。
それはガウリイの変化にあたしが気付いて。
そしてこの勝負を始めた時から。
「男の人って、辛いお酒が好きよね」
「そうか?でもリナが飲んでるのもベースは俺のと同じものだぞ?」
「そうなの?」
ガウリイの手元にあるのは、爽やかなライムが沈められている無色透明のお酒。マドラーで時々ライムを突つきながら飲んでる。
対するあたしの手元にあるのは、オレンジジュースのようなお酒。ガウリイのとはまた違う、柑橘系の爽やかな甘さがあって飲みやすい。
注文したのはガウリイ。
ワインはあたしの方が色々な種類とくせを知っている。
それ以外のものは、その時々でガウリイが注文してくれる。
あたしの好みをしっかり把握しているだけあって、頼んでくれたお酒でハズレだったことはない。
「リナは甘めの酒のが好きだろ?」
「まぁね」
「でも、調子に乗って飲み過ぎるんじゃないぞ」
「大丈夫だってば。第一、あんたが注文させないじゃない」
「そりゃそうだ」
静かな雰囲気の店内に合わせて、あたしたちも顔を見合わせて忍び笑う。
いつからこの勝負が始まったのか、実際のところはよく覚えていない。
でも、あたしの準備が出来るまでガウリイが待っててくれたのは確かで。
最初はあたふたしていたけれど、今じゃ大分鍛えられてちょっとの攻撃じゃたじろがない。
躱し技も、反撃だって出来るようになった。
ガウリイだって、まさかあたしがここまで善戦するなんて思っても見なかったのだろう。
最近は、自分からミスをする。それも頻繁に。
勝負を仕掛けてきたのはあたしが応戦するようになるずっと前からのようだから、そろそろきつい頃だろう。
駆け引きはどんな時でも結構好きだけど、あたしもそろそろきついし。
だから、ここで決着をつけてしまいたい。
ここで一つの勝負が終わっても、それは新たな勝負の始まりになるのがわかっていても。
雰囲気のいいバー。
流れてくるピアノの曲と耳に心地いいバラードの愛の歌。
美味しいお酒。
ほろ酔い加減での談笑。
アルコールが入ったせいで、少し瞳が潤んでる。
お酒で湿らせた唇で笑みを刻んで。
頬杖をつきながらさり気なく髪をかきあげて、上目使いでそっと見上げる。
ねぇ、ここまで追い込んだんだから陥落してよ。
それとも、やっぱり切り札出さなきゃダメ?
ガウリイの手が持ち上がる。
あたしの頭に着地して、髪の上を滑り降りてくる。
何気なく一房指に絡めながら。
その感触がくすぐったくて、心地いい。
勝負している時のガウリイの瞳が、好き。
飲み込まれそうでドキドキするけれど、その時の瞳はあたししか写していないから。
「・・・リナ」
いつもより低く聞こえる声。
「・・・なぁに?」
囁くように答えるあたしの声。
静かだけれどそれなりの活気があるバーの中、バーテンがカウンターの中で振るシェーカーの音にかき消されてしまうような、そんな小さな声のやり取り。
ちょっと困ったような色が浮かんで。でも、あたしを写すガウリイの瞳はどんどん深くなる。
飲み込まれてしまいそう・・・・飲み込まれてしまってもいいのにな。
引き込まれて、思わずあたしから降参してしまいそうになる。
いけない、いけない。
もうあたしの我慢も限界。ガウリイもあと一押しみたいな感じだし。
ここで切り札、使ってしまおう。
「ねぇ、ガウリイ」
「ん?」
「そのお酒辛いんじゃない?」
「ん〜、俺はこれくらいの方が好みだから気にならないけど、リナにはきついかもな」
「ふ〜ん。でもさ、ちょっと甘いものつまみたくない?」
ニヤっと笑って、ゆっくりと頬杖ついていた身体を起こす。
ちょっとガウリイの視線を避けて、そっと胸に忍ばせていた物を取り出して、コトンっとガウリイのお酒の隣に置いた。
「今日、何の日か知ってる?」
小さな包み紙に包まれたそれを指先で弾きながら、ウィンク一つ。
何の日かなんて知ってるでしょ?
包みの中にある物がチョコレートなのも。
それが、何を意味してるのかも。
今日だって、さり気なさを装いながら気にしてたでしょ?
街に入ってから目にした、顔を紅潮させてそわそわしている女の子を見かけた時から。今日が何の日なのかわかった時から。
これがあたしの切り札。
チェックメイトよ、ガウリイ。
「どうする?」
小さく目を見開いて、あたしとチョコを見比べていたガウリイが、不意に破顔した。
「まったく・・・・お前には本当にかなわないよ」
「降参する?」
「・・・・して欲しいか?」
苦笑・・・柔らかな笑顔の中に強い瞳。
勝負の決着がついてしまったら、もう甘えられない。逃げられない。
不安に思っても、恐怖を感じても。
もう、子供という態度で逃げることなんて許してもらえない。手加減だってきっとしてくれない。
でも。
「してくんなきゃ、これはあげない」
「・・・ずるいよなぁ。こんな手でくるなんて」
「あたしはあんたと違って、普段からちゃんと頭使ってるからね」
ちょっと赤くなった顔で、それでもちゃんと目を見て笑う。
覚悟なんて、出来てるんだから。
多分。
この勝負を始めた時から。
「・・・・降参、してくれる?」
「ああ」
ゆっくりと息をついて、それから真直ぐにあたしの方を向いた。
飲み込まれてしまってもいいと思った、それ以上に。
一瞬にして灼き尽くされそうな、そんな眼差しに、ぎゅうっと胸が締め付けられる。
息が苦しくなって、ドキドキして。
それでも、来るべき言葉を予感して、嬉しさを隠しきれない。
耳に心地よかったピアノの曲と愛の歌。
人々の談笑。
シェーカーを振る音。
全ての音があたしの耳から弾き出され、ただ一言。ガウリイからの言葉を全身で待っている。
降参の言葉は、愛の告白。
どちらが先に言ってしまうか。言わせられるか。
それがあたしたちの第一勝負だったから。
さり気なく引き寄せられて、耳もとで囁かれた熱い敗北宣言に。
あたしは真っ赤になりながらも、勝利の喜びに酔いしれていた―――――
◇◇◇◇◇
主導権って言うかさ。
やっぱり、告白はして欲しいじゃない?
最初から勝ち負けなんてなかったんだけど、お守りっていうか、さ。
こんなに楽しくてドキドキしてきつい勝負ってのも、なかなかなかったけどね。
でもね。
悔しいけど、ここから先の勝負は。多分あたしの連敗だと思う。
きっと今回みたいに、あたしの準備が出来るまでなんて待ってくれないだろうし。さすがに経験値の差が大きいと思うし。
まぁ、それでもいいんだけどさ。
あたしだけを見てくれるんなら。
でも、ちょっとは手加減してよね?
もう次の勝負は始まっている。
2人が帰った宿の部屋で、どちらが先に降参したのかは・・・・聞くまでもないでしょう?
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