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――――ふわぁ・・・・
今日何度目かのあくびが口をつき、穏やかな空気に溶けていく。
完全に春・・・・とはまだ言えない、でもとても暖かい日だった。
風もほとんどなく、青い空に雲の一つもない。
日、1日毎に春を感じさせていく。そんな太陽の光を浴びながら、俺たちはのどかな田舎道をてくてくと歩いていた。
冬の間は身をひそめていた小鳥達も、暖かさにつられて元気に鳴き交わして飛んでいく。
――――ふわぁ・・・・
「ちょっとガウリイ。そんなに眠いの?」
再びあくびをしてしまった途端に、俺の一歩前を歩いていたリナが、呆れたように振り返った。そのままちょっと立ち止り、俺が追い付くと並んで一緒に歩き出す。
「夕べ遅くまで飲んだの?」
「ん〜、いや。寝る前に軽く飲んだぐらいだが」
「珍しいわね。あんたがそんなに眠そうなのって」
「そうか?」
「そうよ。バカでかい口開けて、何度も大あくびしてるしさ」
からかうような中に、ほんの少し心配げな色が俺を仰ぎ見る紅い瞳の中に浮かぶのが見える。
苦笑しながらぽんっとリナの頭に手を乗せた。
太陽の光に暖められてふんわりとした髪が、掻き回す俺の指にまるでじゃれつくかのように纏わりつく。
ほかほかして気持ちがいい。
「良い天気だから、何となく眠いだけだ。リナは平気か?」
「まぁ、良い天気ってのは確かに眠くなるもんだけど」
「すぐ春になるなぁ」
「やっと寒いのから解放されるわね。まだたまに雪が舞ったりもするけどさ、もう寒いのは充分よ」
「リナもやっと着膨れないで外に出るようになったしな」
真冬の間の着膨れたリナの姿を思い出して笑った俺に、リナがプウっと頬を膨らましてぷいっと顔を背けた。
「冬眠しなかっただけましでしょーがっ」
「はいはい」
怒っているわけじゃない。単に気まずさと照れ隠しで怒っているふりをしているだけ。
そんなリナの仕種が可愛く思える。
明るい陽射しがリナの栗色の髪に反射して、艶やかな髪がよりいっそう滑らかに見えた。リナの性格そのままに、気ままに跳ねている猫っ毛の髪の上で光が踊っている。
冬の間着膨れて手足を丸めていたリナが、やっと解放されたように身軽に歩くその姿が、俺にとっては春の訪れを何よりも現しているのかもしれない。
穏やかな良い天気。平和な道行き。
昼飯もうまかった。腹も幸せに膨れてる。
気分もいつになくほんわか穏やかで、だからだろうか。
――――ふわぁ・・・・
また、あくびが口をつく。
「まったく、あんたは・・・」
「いやぁ、つい」
再び振り返って呆れた顔をしたリナに、たははと髪を掻きながら苦笑すると、リナが小さなため息をつきながら肩を竦めた。
「いいわ。少し休んで行きましょ」
「いや、大丈夫だ」
言うなりきょろっと回りを見渡して進路を変えようとしたリナを慌てて追い掛けるが。
「歩きながら寝られるほうが大変なんだから。確かに良い天気だしあたしも一息つきたいの」
ビシっと指を突き付けられ宣言されると、俺には反対する程の論理はない。
道を外れ、ちょっとした丘になっている開けた場所にぽつんと立っている木の元で、俺たちは腰を降ろした。
本格的な春が来れば、きっとこの場所は柔らかな萌草に覆われるのだろう。
今はまだ俺たちが寄り掛かっている木にも葉はなく、大地も黒々とした土を見せているだけだけれど。
「次の村までそんなに離れてないから少しお昼寝してていーわよ。あたしはちょっとその辺散歩してくるから」
楽な体勢に身体を落ち着けると、不意にリナが立ち上がった。
「おい、リナ」
慌てて立ち上がろうとした俺を、微かに顔を赤らめたリナが制してくる。
「ついてこないでよねっ・・・・・ちょっと用足しなだけなんだから」
「ああ、何だ。我慢してないで早く行ってこいよ」
――――すぱーんっ
「デリカシーのないこと言ってないで、さっさと寝ろぉ!」
いつものごとく、どこからか電光石火のように取り出したスリッパでド突き倒され、リナは足早に行ってしまった。
頭を擦りつつ身体を起こして、もう一度深く木の幹に寄り掛かる。
女の子の用足しは長いと相場は決まっているし。
特に危険な気配は感じられない。来る途中でも盗賊団の噂も聞かなかったから、大丈夫だろう。
暖かい光に包まれ、大きく伸びをする。
深く息をついて、目を閉じた。
目蓋の裏側がオレンジ色に染まる。
完全に眠ってしまう程の眠気はない。でも目を閉じていると楽だ。
眠っていながら起きているような。
目を閉じていながら景色を見つめているような。
ふわふわした感覚。
それでもすぐに剣を抜けるように、傍らに置いた手はしっかりと柄を握っているのだけれど。これは傭兵として生きてきた習性だから仕方ない。
無意識にリナの気配を探っているのも、多分俺の習性。
少しの間離れていたリナの気配が戻ってきたのを感じて、深く息をついた。
「い〜もの見つけちゃったわ♪」
嬉しげな声と気配に更に力が抜ける。なんとなく目を閉じたままリナを迎えた。
「見てよガウリイ。もうふきのとうが出てたの♪これ今夜の宿に持っていって料理してもらってさ、ちょっとお酒でも飲まない・・・・・って・・・・寝てるの?」
うきうきした声が不意に小さくなって、小さな影が俺を覗き込んでくる。
「ガウリイ?・・・まったく、寝つきのよさは子供並なんだから」
顔の前で手を振って、それでも俺が目を明けないので、リナは俺が眠っているものとみなしたらしい。小さなため息をついた後、そっと俺の隣に腰を降ろした。
よく言うよな。
寝つきがいいのはリナだって同じぐらいいいくせに。特にこんないい天気のお昼寝なんて、リナのお得意なくせして。
「・・・最近はそんなに物騒な事件とかに巻き込まれていなかったはずだけど・・・・疲れが溜まってたのかもね・・・」
小さな囁きに微かな悔恨の響きが混じる。
「・・・無茶とかやっぱりさせちゃってたかな・・・」
そんなことはない。
今日は珍しく眠いだけで、別に体調が悪いとか疲れが溜まってるとか、そういうわけじゃない。
こんな何でもないことでリナが気にするとは思わなかった。
寝たふりしていた、というわけではなかったが。何を言ってるんだ、と慌てて目を開こうとして・・・でも、目を開けることは出来なかった。
「でも・・・何か嬉しいな。あんたがあたしの側でもこんな風に寝てくれるなんてさ」
自嘲気味だった声が一転して、嬉しげな響きに変わったから。同時に前髪の先がそっと触れられる。
―――――とても、目を明けられる状態じゃない。
何だか急に気恥ずかしさが沸き上がってきたが、気付かれないようにそのまま目を閉じて、寝たふりを続行する。
そう言われてみれば、いつからだろう。
野宿している時やこうやって昼寝している時。
リナがいても平気で、ちゃんと休めるようになったのは。
リナが『他人』じゃなくなったのは。
「凄腕の傭兵だったのに、いつの間にかあたし専属の保護者になっちゃったもんねぇ。いいの?あんた、このままで?」
笑みの混じった、でも言葉とは裏腹に真剣味を帯びた声。
「それでもあたしは・・・できればこのままあんたと相棒やっていきたいけどさ・・・あんたはどうだろ?」
そうだな。
リナと旅を始めてからは、今までのように傭兵として戦場を求めるように歩くことはなくなった。そんな気もなくなったし、何よりもリナを放り出すまねなんて出来ないし。
できれば俺も。このままがいい。
物騒な事件は確かに絶えないけれど、傭兵やっている時よりも何倍もマシだ。
リナを守る、そんな目的を持てるようになったんだから。
「いつか・・・あたしはガウリイを守り切ることできないかもしれないよ?それでも、あたしと一緒にいていいの?」
・・・・・そうだな。
俺も、リナを守り切ることが、もしかしたら出来ないかもしれない。どんなに側にいて守っても、守りきりたいと願っても、そればかりはわからない。
でも、俺を。
相棒である男を守ると、そう自然に言えるリナ。俺を守ろうとしてくれているリナに、改めて驚く。
女と言えば、守られるのが当然と誰もが無意識にでも思うものなのに。
でも言われてみれば、俺たちは出会った当初から、お互いに守り守られてきた。保護者を名乗っては来たけれど、どちらが一方的に寄り掛かっていたわけじゃない。
・・・・そんなリナだから。
だから、守りたいと思う。
一緒にいたいと、強く願う。
「ま。そうは言っても、あたしが簡単に手放したりしないけどね。先は長いし・・・覚悟しといてよ、ガウリイ」
クスっと小さく笑って、再びそっと前髪に触れてくる。
何だかくすぐったい。
「綺麗な顔。まつげ長いし・・・いい夢でも見てんのかしら。嬉しそうな顔しちゃってさ」
うえっ!?俺にやけてるか?顔に出てるか?
内心焦っている俺の様子を知るわけもなく、クスクス笑うリナの口から・・・・
――――ふわぁ・・・・
あくびが溢れた。
「うにゃあ・・・ガウリイの顔見てたら眠くなってきちゃった・・・あたしもちょっとだけ寝よっかな」
空を見上げて回りを見て。
大きく伸びをした気配が、目を閉じていても見えているようにはっきりと感じる。
俺の隣で並んで木の幹に寄り掛かり、緊張を解いたのがわかった。
それからそんなにたたないうちに、微かな寝息か聞こえてきた。
「・・・・・・まったく。お前の方が寝付きいいくせに」
ゆっくりと目を開いて、隣を振り返る。
思わず浮かぶ笑みを隠さずに。
暖かな太陽の陽射しに包まれて柔らかく微笑みを浮かべながら、俺の隣で何の警戒心もなく穏やかな寝息をたてて眠っているリナの姿に、更に笑みが深くなった。
「リナが俺の隣でこうやって寝てくれるってのも、かなり嬉しいけどな」
お互いに背中を預けて。
安心してくれて。
いつの間にかこうなっていたから、あまり気にしていなかったけれど。でもそれってすごいことで。
「ずっと、こうやって昼寝出来ればいいよなぁ。先の事はわからんけど、俺から保護者を止める気はないからさ」
ずっと。こうやって一緒に歩いて行けたら。
リナとなら、俺はいつだって自然体でいられる。
どんなに物騒な事件に巻き込まれたとしても、守り守られ、生きていけるだろう。
指を伸ばし、リナの顔にかかっている前髪をそっとかきあげる。
「こうやって寝てる時は本当に可愛いんだけどな・・・・でも、あんまり無防備すぎるのも問題あるぞ?」
あまりにも無邪気な寝顔に軽く苦笑しながらも、胸の中は穏やかで暖かかった。
「・・・・俺の方こそ簡単に離れるつもりはないからな。覚悟しとけよ?」
耳もとで囁いた声が聞こえたわけではないだろうが。
眠るリナからタイミングよく浮かんだ笑みに、俺は笑った。
暖かい陽射し。まだ完全に春とは言えないけれど、気持ちのいい日。
膨らみ出した芽を枝にびっしりとつけた、俺たちが寄り掛かっている木。
眠るリナの傍らに無造作に転がっている、いくつもの小さなふきのとう。
春が来る。
日に日に、確実に近づいて。気がつけば世界一面に春を感じるようになる。
同時に。
春が来る。
俺たちの間にも。
今はまだ、お互いに大事な相棒の域を出ないけれど。
このまま一緒に過ごしていく中で、自然に芽吹いて、いつか花を咲かせそうな。
――――そんな予感が、ふっと胸をよぎった。
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