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女神は怒っていた。
本当にまったくとんでもない程、怒っていた。
何故なら、自分よりも美しいと人々から崇められ、息子であるガウリィですら自分の命令に背いてまで求めようとした、すべてのイライラの元凶である人間の女が臆面もなく神殿にやってきたからである。
リナは誠心誠意を込めて女神に詫びた。
自分は美の女神と張り合うつもりは毛頭なかったと、それがまた真実そう思っていたのがわかってしまったから余計に腹が立つ。
ガウリィに会いに来たと、リナは言った。
だが、簡単に会わせてやる気はない。
けれど追い返しても脅しても、女は決して女神から視線を逸らそうとはしないで頼み続けたのだ。
女神は考えてリナに4つの難題を出す事にした。
これを解決出来たらガウリィに会わせてやろう、と。人間の身ではまずクリア出来ないであろう難題を。
「何よ・・・これ・・・」
女神から出された1つ目の難題を片付けようと勇んでやってきたリナは、それを見て呆然とした。
1つ目の難題は、『黍や大麦、小麦が入り交じっている穀物の山から、それぞれの種類別に日没までにきちんと選り分ける事』、というものだったのだ。が。
リナの身長よりもまだうず高く積み上がっている穀物の山に、思わず乾いた笑いが込み上げてきた。
「鳩や燕達の食料だって言ってたけど・・・・勝手に食べさせれば自分の食べれるものだけ食べてくと思うんだけどなぁ」
それでも笑っていても仕方がない。
「やるっきゃないわね」
ざくっと両手に穀物を掬い、リナはひと粒づつ選り分け始めた、が。
――――30分後にはあまりの細かい作業にぶち切れた。
「だあぁぁっっ!もうっっ!うっとーしーっっ!」
同じ作業を淡々と繰り替えしていくのは気が遠くなる。やってもやっても見た目には全然減っていかない巨大な山。ただでさえじっとしている事が大の苦手なリナにとって、これは拷問に等しいものだった。
がばっと立ち上がり大きく伸びをして首を回した時、リナの目に何か黒いものが写った気がした。
ん?と思いよく見ると、どこから入ってきたのか小さな蟻が細い行列を作って穀物の山に向かっていた。
「あらあら、それはL様の物なんだからあんたたちの餌にするわけにはいかない・・・の・・・・よ?!」
追い払おうと手を伸ばそうとする間に、蟻は見る間に数を増やした。
「うややややっっ?!」
あっという間に床を黒く覆う程増えた蟻は、はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。
リナは壁にビタっとへばりついてこっちにこないよう必死で祈っていた。
しかし、リナの恐怖とはよそに大軍の蟻達は穀物の山に向かうとひと粒づつくわえては種類別に分けていく。
息を飲んで見守るうちに、巨大な山はみるみる小さくなり、そして日が沈む前にはきちんと種類別に分けられた穀物の山が出来ていた。
リナが我に返った時には蟻の姿もすっかり消えている。
「・・・・やっぱり日頃の行いがいいからよね・・・」
へなへなと床に座り込んだリナは苦笑しながら、唇だけでお礼を言った。
吹き込んできた風が、暖かかった。
リナ、1つ目の難題を無事クリア。
2つ目の難問は、『川の向こうの森にいる羊達から金色の毛を集めてくる事』。
川のほとりから対岸の森を駆け巡る羊達の姿がよく見えた。
「・・・あの中に入ったら最後、押しつぶされちゃうじゃない・・・」
リナはふかぶとかため息をついた。
駆け巡ると言えば元気がいいように感じられるが、実際は羊同士でタックルをかけあい、これが牛だったら闘牛もかくや、といった有り様なのだ。
「でも、行くっきゃないわよね」
前回の穀物の山を選り分ける作業に比べれば、まだマシに感じられた。
早速川を渡ろうとした時、ふと誰かが呼んでいるような気がしてリナは耳を澄ました。
その声は川岸にはえている葦から聴こえてくる。
(ダメですよ、今行っちゃあ。羊達は日中は大変気が立っていますからね、動く物を見ると見境なく攻撃してきますよ)
「・・・・それは見ればわかるけど、諦めるわけにはいかないの」
(困りましたねぇ・・・では、午後の昼下がり羊達は昼寝をします。その時にそうっと川を渡って羊から直接毛を取るのではなく、森の薮に絡まっている毛を集めたらいかがです?)
「そうするわ。ところであんたは誰?」
(僕はしがないこの川の神です。あなたに協力した事がばれるとやっかいなので名乗りはしませんが)
「ありがとう。あんたも物好きね」
(いえいえ、一番の物好きはガウリィさんですよ。あのお方の御不況をかってまであなたに捕われているのですから。せいぜい頑張って下さい)
何やら面白がる口調でそれきり葦はしゃべるのをやめた。
リナはその忠告に従い羊達が眠りにつくまで自分も川岸で昼寝をし、羊達が寝てしまってからそっと川を渡り、薮に絡まっている金色の毛をたくさん集めてきた。
太陽の光を浴びてきらきらと輝くそれは、ふかふかしていい香りがした。
リナ、2つ目の難題も余裕でクリア。
3つ目の難題は、『高い山に登ってものを忘れる水を瓶いっぱいに汲んでくる事』。
「・・・・どうやって登れっていうのよ。これ・・・」
山を見上げてリナはめまいがした。
山というより、それは断崖絶壁で道らしき道も足場になりそうな岩場もない。泉の湧き出ている場所はわかるのだが、その近くの洞窟に恐ろしい竜が住んでいた。
思いきってゼルガディスの名を呼んでみようか。風でなければあんなとこ登れやしない。
でも・・・いくら物好きったって、正面きってL様の意志に逆らう事は出来ないかなぁ・・・
そう思い巡らせているリナの耳に、バサバサっと力強い羽音が聴こえた。
「うぎゃあっっ?!」
顔を上げた先に巨大な鷲が舞い降りてきたのだ。鋭いくちばしに鋭利な鍵爪。リナの身体など簡単に引き裂けそうな巨大な鷲の姿に、ごくりとリナは喉を鳴らした。
じっと睨み合う事数分。
――――何も起きなかった。
何度か鷲の足が地面をとんっと叩く。
「ギュエッ」(それよこせよ。水汲んできてやるから)
「は?」
リナの頭に響いた声に思わず緊張がとけた。周りを見渡しても誰もいない。いるのはじっと見つめている鷲だけ。
「ギュエ、ギュギュ」(ガウリィの旦那にはいつも世話になってるからな。手伝ってやるよ)
「・・・・あんたがしゃべってるの?」
「ギュウ」(おう)
「・・・あんた、誰?」
「ギュア、ギュエ」(俺は主神のペット、ルークってんだ。いつもは雷を運ぶんだが、今回は特別にその瓶を運んで水を汲んできてやるよ)
「ほんとに?」
あたしがじーっと見つめると、鷲は首をカクっと傾げて再び足で地面を蹴った。
恐る恐る近づいて手に持っていた瓶を地面に置くと、鷲は器用にそれの取っ手を掴むと、さっと空に舞い上がっていった。
そして瞬く間に瓶の中に水を汲んで再びリナの前に舞い降りてきた。
「ギュエ」(ほらよ。落とすんじゃねーぞ)
「あ、ありがと」
「ギュア、ギュ」(ま、がんばんな)
リナの元に瓶を置くと、鷲は一声鳴いて空高く飛んでいってしまった。
リナ、ガウリィの日頃の行いのおかげで3つ目の難問も無事クリア。
4つ目、最後の難問は、『冥府に行き、そこの女王であるフィブリゾからその美しさを箱に分けてもらい持ち帰る事』。
「冥府って・・・死ななきゃ行けない場所じゃない・・・・」
生身の人間が行って帰ってきたという話は聞いた事がない。
だが、死んで行く事が出来たとして、はたして地上へ戻ってくる事は出来るのだろうか。
(・・・ガウリィ・・・)
リナは目を閉じ、一度だけ見たガウリィの姿を思い出す。あの、悲しみをたたえた蒼い瞳を。
・・・・そうだ。諦めるわけにはいかない。
どんな手を使っても、もう一度会うんだと誓ったのだから。
そのあたしの我が儘に、自らの立場がヤバくなるのを知りつつも手を貸してくれた神々がいたのだから。
リナは覚悟を決めて、高い塔に登って行った。塔の先端から身を投げれば死んで冥府に行く事が出来るだろうと考えたのだ。
預かった箱を胸に抱きしめ身を踊らせうとした時、声が聴こえた。
(ダメよ。早まった真似をしては)
さすがに3回目ともなるとリナも慌てずに声に向かって返事をした。
「そんなつもりは毛頭ないんだけれど、あたしはどうしても冥府に行かなきゃならないの。これしか方法が思い付かないのよ」
(・・・・死なずに行く方法があるわ。冥府につながっている洞窟があるの。そこからならば地獄の番犬ザナッファーも、三途の川の渡し守にも見つからずに行く事ができる)
「本当に?生きたまま?」
(ええ。そのかわり、フィブリゾから美しさを分けてもらっても決して箱の中を覗いてはいけない。約束が出来る?)
「わかったわ。ありがとう!ところであんたは誰?」
(わたしはこの塔の石)
――――――ずべっっ
(・・・洞窟から冥府に行くんじゃなかったの?)
「ちょっと足滑っただけよっ」
コケて塔から落ちそうになった身体を何とか持ちこたえたリナはぜーはーっと息を整えながら、世の中には不思議な事など何もないのだ、と心に言い聞かす。
鷲や葦がしゃべるんだから石がしゃべっても不思議はない。うん。そーだ、気にしちゃいけない。
気を取り直してリナは石に丁寧に礼を告げると、足早に塔から降りて教わった洞窟を目指して行った。
「ふうん・・・Lからねぇ」
あっけないほどすんなりと冥府に辿り着く事が出来たリナは、女王であるフィブリゾにわけを話し、美しさを少し分けてもらえるよう懇願した。
「ま、減るもんじゃないからいいよ。分けてあげる。しかしあのLを相手にここまでするなんてガウリィも本当に物好きなんだね」
リナから箱を受け取り、奥に下がった女神がすぐに戻ってきてリナに渡した。
「君もとんでもない物好きだけどね。さすがにガウリィが目をつけただけのことはあるよ」
そう言って楽しげに笑う女神の前から、リナははやる心そのままに心からの礼を言うと、足早に地上の世界に戻って行った。
「帰って来れたぁ!」
日の当たる生者の世界に生きて帰ってくる事が出来て、リナは本当に喜んだ。
後はこの箱をL様のもとに届けるだけである。
言い付かった4つの難問をクリアしたのだから、きっとガウリィに会わせてくれるだろう。女神がそう約束したのだから。
弾む心のままに足も軽い。
足早に女神の宮殿に戻る途中でリナは喉の乾きを覚え、近くの泉で休憩した。
喉を潤し、ふと自分の姿を泉に写すと、ドキっとした。
「・・・・やだ、髪はぼさぼさだし目の下に隈が出来てる。何か前よりも痩せちゃってるし・・・食事まともにもらえなかったしベットで寝てないもんなぁ・・・」
ため息をつくのも無理はない。
この旅を始めてから今まで、まともな生活をしていなかったのだから。
自慢の栗色の豊かな髪は艶を失い、もともと華奢だった身体はさらに細くなってしまった。
自分の姿を見てしまったリナは、急にこの姿をガウリィに見せるのが恥ずかしくなった。
美しいと褒めそやされていた頃はそんな美しさなどいらないと思っていたのだが、今はその姿しか知らない彼にみすぼらしい姿を見せたくはない。
恋する女の正当で深刻な悩みだった。
ふと、リナは箱に手を伸ばした。美しさを分けてもらった箱を。
振っても音はしないし、重さも美しさを入れてもらった前と変わらない。
美しさとは、一体何が入っているのだろう。
ほんの、本当に蟻の触覚の先ぐらいでいいからほんの少しだけ、あたしにもこの美しさを分けて欲しい。
リナの心が誘惑に揺れた。
好奇心と共にその誘惑はリナの心をがっちりと捕らえて離さない。
遂に耐えきれず、リナはそっと箱を開いて覗いてしまった。
「・・・?何も入って・・・?!」
ない、と続けようとした言葉が空気にとけた。
パタン、とリナの身体が力を失って地面に倒れた。
箱に入っていたのは『眠り』だったのだ。
胸は微かに前後し唇からは小さな寝息が漏れている。生きてはいるが、ただそれだけ。
リナは眠り続ける屍同然のものになってしまったのだった。
◇◇◇◇◇
「今度こそ上手く行くと思うけれど、まったくいい根性してるわね、あの子も」
庭を散歩しながらLは一本のバラを手折って香しい香りを楽しんだ。
自分の名誉を傷つけ、息子のガウリィの心と身体を傷つけた女は、自分の出した無理難題をことごとくクリアしていったのだ。
決してリナだけの力ではない。それはよくわかっていた。
何があってもやり遂げるといったリナの気迫に惹かれて、協力していった者たち。
何がそんなに引き付けられるのだろう。
最初に命令に背いてリナを求めたガウリィも。
そう思った時、不意にあの瞳を思い出した。
何者であろうと視線を逸らす事なく真直ぐに見つめる、あの意志の強い紅い瞳。
そんな目を自分に向けた者は今までいなかった。そして、そんな視線が実はそう嫌いなものでないことも。
ただ、意地になっていたのだ。
そして試す気にもなっていたのである。
普通なら難問を出す間でもなく、殺してるところだ。この難問をクリア出来なくて死んだとしても自分はかまわない。けれど、あの子はことごとくクリアしていった。ただガウリィに会いたい、という願いだけで。
すでに怒りの感情はおさまりつつある。
今は怒りより興味の方が大きい。
「女の根性、しっかり見せてごらん」
楽しげに、女神はつぶやいた。
必ず最後の難問をやり遂げてリナが戻ってくる事をどこか予感している、そんな声だった。
「無茶してなきゃいいんだが・・・」
ガウリィは焦りながら閉じ込められていた自分の部屋の窓から抜け出した。
自分を尋ねてリナがこの神殿までやってきたのは知っていた。けれど、母がどうしても会う事を許してはくれなかったのだ。
リナが難題を出された事を知って、蟻を使い、川を脅し、鷲に餌付けし、石に頼んだ。
リナの力になってくれるように。
そして、やっと怪我が治り、母の監視をくぐり抜けて飛び出してきたのである。
正直いって、嬉しかった。
一度は自分の信頼を裏切った彼女が、自分に会いに辛い旅をしてここまで来てくれたのが。
確かに人一倍好奇心の強いリナだ。
見るなといえば見たくなる。知るなという程知りたくなるのも無理はない話だ。
あの時はあんな生活をする事が精一杯だった。でも、総てを知られてしまった今は違う。
「――――っ!リナっ!」
リナの姿を求めて飛んでいたガウリィが、地面に倒れているリナを見つけた。
「リナっ!しっかりしろっ、リナっ!」
「・・・・・・・・ぐぅ・・・・」
慌てて抱き起こし声をかけるガウリィの耳にはいってきたのは、緊迫感とは裏腹の寝息。
がくぅ、と肩の力が抜けたガウリィは、だが転がっている箱を見て、これがただ眠っているわけでないのを知った。
「まったくお前は・・・好奇心は身を滅ぼすってわかってたはずだろう・・?」
いくぶんやつれた顔で深い眠りを漂うリナの顔にガウリィは顔を寄せ、寝息のもれる小さな唇にそっと触れた。
久しぶりに触れる唇を心ゆくまで味わいたいと思いつつも、ガウリィは少しずつリナに入り込んだ眠りを吸い上げていく。
拾い上げた箱に何度か移し替えリナの中から眠りをすっかり取り除くと、リナがゆっくりと目を開いた。
――――空よりも蒼い、蒼い瞳。
目を覚ましたリナの瞳に飛び込んできた色に、思わず胸が詰まる。
夢かと思った。
夢の中でしか彼に会えないから。
「目、覚めたか?」
でも、違う。
目に見えなかった時と同じように、暖かい風が今は目に写る腕となってリナを抱きしめているから。
心配そうな眼差しに泣きたくなる。
「リナ・・・?」
「・・・・か・・・」
「ん?何だ?」
「バカぁっっ!」
耳を近付けたガウリィの耳もとで、突然大声を出したリナは、それだけでは飽き足らずどこから出したかハリセンでもってガウリィの頭をスッパーンとドツいた。
「んなっ、何するんだよいきなりっ!つーか、どっから出したんだよ、それ?!」
「絶対あんたに会ってドツいてやるって決意して、作っといたのよっ!」
・・・・・感動の再会・・・なにそれ?の世界がそこに広がっていた。
「確かにっ、あんたの姿を見たのはあたしが悪かったわよ。でもっ、知りたかったのに教えてくれなかったじゃない。それでもって正体知られたらあたしを置いて帰っちゃうなんて無責任すぎない?!あたしをあそこに連れてきたのはあんたでしょう?!」
「いや・・・それは事情があって・・・」
「事情はわかったわよ。でも、あんたから説明はしてくれなかった。話してくれてたらあたしも余計な心配しなくて、あんたの秘密を無理矢理知ろうなんて思わなかったのにっ」
「リナ、ちょっと落ち着け。ほら」
「これが落ち着いてられるかってのっ!こんなに・・・こんなにあんたの事を好きにさせといて、それなのに一方的に別れを告げられてっ。納得なんて出来るわけないじゃないっっ」
言い切ってガウリィの瞳を睨むかのようにリナはじっと見つめた。
初めて見た時に一瞬で捕われた輝く紅い瞳。
わずかに滲んだ涙がいっそう輝きを増している。強い意志を宿して、言葉よりも 真直ぐに伝わるような、そんな目。
たまらず、ガウリィはリナの身体を引き寄せ、強く抱きしめていた。
最後に抱きしめた時よりも細くなった身体にズキっと胸が痛む。
「離してよっ、バカガウリィ!」
「やだ」
「・・・会いに来たのはあたしなんだから・・・あんたは来てくれなかったんだから・・・」
「ごめん」
「ごめんじゃ済まされないわよっ。どんだけ苦労したと思ってんのよ。あたしはただの人間で・・・だけどっ、もう会えないなんて絶対嫌だから、だから・・・っ」
気が弛んだのか、ガウリィの腕の中でリナは遂に泣き出してしまった。
ずっと張り詰めていた神経が雪のように溶けていく。
ガウリィはしゃくりあげるリナの肩を抱いて艶を失った髪にキスを贈り、愛おしげに撫で下ろした。
すでに覚悟は決まっていた。
「もう、離さない。どこにも行かない。行かせない」
「・・・・あんた、嘘つきだもん」
「今度こそ絶対に、リナにはもう、何も隠しはしないよ」
「・・・・ほんとに?」
「ああ。俺のたった1人の奥さんだからな」
「・・・それは・・・でも・・・」
「奥の手使ってでも、認めさせるさ。天地において俺の心を奪うのはリナだけだって」
不安げな目を向けたリナの額にキスを落とすと、ガウリィは箱を手渡してパチンとウインクした。
「取りあえず、これを母に届けてしまっておけよ。そして神殿で待っててくれ。すぐに行くから」
「ガウリィ、何する気?」
「ちょっとお願いごとをしてくるだけさ。何たって俺は『地上のものにも天上の神々でさえもが恐れる怪物』だからな」
笑いながらリナの唇に軽く自分の唇を落とすと、ガウリィは純白の翼を広げて空に舞い上がっていった。
「・・・隠し事はしないんじゃなかったの?」
顔を真っ赤にしたままリナは苦笑して、そして足早にLの神殿へと歩き出した。
もう、何も恐れる事はない。と。
リナは確信していた。
◇◇◇◇◇
月明かりが女神の神殿の花園を浮かび上がらせている。
女神に無事に美しさを入れた箱を手渡す事が出来たリナは、やっと許され、花園に足を踏み入れてガウリィを待つ事を許可されたのだ。
柔らかい風が通り過ぎる。微かな笑い声を乗せて。
暫く待っていると月の中からガウリィが舞い降りてきた。
「待たせてごめんな、リナ」
「どこ行ってたの?」
「ちょっとオリンポスの全能神『作者』のとこまで」
きょとん、とするリナにガウリィは笑いながら柔らかく抱きしめた。
始めてリナを抱きしめた時のように、暖かい風のように包み込んでリナの耳もとに告げる。
「全能神がリナを認めたよ。正式な神の一員として俺の妻になっていいと」
「・・・・・はい?」
「だから・・・・」
あまりの事に目をまん丸く見開いているリナを楽しげに覗き込み、ガウリィは懐に隠しもっていた小さな酒瓶を自分の口に含むと唇をよせ、口移しで中の酒をリナに飲ませた。
「ちょっとっ・・・何すんのよっ」
「こーゆーことさ」
照れて真っ赤になったリナが拳を振り上げガウリィを追いかけようとした瞬間、リナの身体が金色に輝き、リナの肩からまるで蝶の翅のような綺麗な翼がはえた。
今までは人間の目では見えなかった、風や花の様々な精霊の姿が写る。
「どーなってんのよっ、これ!?」
「今飲んだのは、“不老不死になる酒、ネクタル”。リナは今から“恋を司る”女神になったんだ」
「ええっ!?」
あまりの事に驚いて硬直した身体をガウリィが再び抱き寄せる。
「『リナを認めてくれなきゃ、見境なく恋の矢を打ちまくって世界を混乱させてやる』って言ったんだ」
「・・・・それって脅しじゃない?」
「奥の手使ってでも認めさせるって言っただろ?それに、恋に踊らされるのは人間も神々も一緒だ。俺はお前とずっと一緒にいたいからな」
「ずっと、一緒にいられるの?」
「ああ。もう一度神々の前で正式に結婚しよう。俺は永遠の命が続く限りお前に恋し続けるよ」
「・・・・・キザなセリフ・・・・」
あまりの恥ずかしさに全身にかゆみを覚えながら、それでもリナは幸せそうに笑った。
「あたしもガウリィに言わなきゃいけない事があったの」
「ん?何を?」
「・・・・恥ずかしいから一回しか言わないかんね」
「はいはい」
クスクス笑うガウリィの髪を軽く引っ張って耳を近付けると、リナはそっと囁いた。
「姿の見えない怪物でも神でも、あんたがガウリィである限り、あたしはあんたが好き、だからね」
ずっと辛い旅をしてきた中でリナを支えていた、ただ1つの真実。
幸せに酔いしれて口付けを交わす2人を、たくさんの神々が祝福と共にそっと見守っていた。
◇◇◇◇◇
自らの手で恋を勝ち取った女は、女神となり、幸せに暮らしている。
ただ、ただでさえ気が強いところに神の力まで手に入れた為、夫は惚れた弱味もあいまって、尻にしかれているとかいないとか。
――――――遠い昔の、恋物語はこれでおしまい。
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