――――トントン。
軽いノックの音に返事を返してからドアを開けると、ホコホコした顔のガウリイが小さな果実酒の瓶を手に立っていた。
「どーしたの、それ?」
「ん、風呂上がりに飲みたくなったから、下の食堂で貰ってきた。飲むだろ?」
「いいわね♪」
ニヤッと笑ったガウリイにウィンクを投げて、部屋に招き入れる。
パタン、と。ドアが静かに閉まった。
オーロラが揺らめく空を翔て、ラスカの街を通り過ぎ・・・・あたしとガウリイはラスカから結構離れた大きな街、フィヨルデンに落ち着いていた。
さすがに飛翔速度では最速を誇るだけあって、ここまでさほどかからずに飛んで来ちゃったもんなぁ。
――――いやなんつうか・・・『受けた依頼はきっちりこなす』なんて調子のいい事を言っちゃってたからさぁ・・・さすがに手ぶらでラスカに戻るのはちょっと・・・
『街全体を移住する為』に取り戻して欲しいと依頼されていたイリサイトは無に還ったし、その代わりにしようとしていたオリハルコンの神像は氷海に沈んじゃったし。
まぁ、あたしが町長に請求した依頼料は、取り戻したイリサイトの欠片と宿の提供だったわけで・・・・イリサイトが虹竜の卵だって知った時から砕く気にはなれなかったし、宿ってのも依頼を受けた最初の日はともかく、その後はずっと神殿の付属の家で過ごしていたわけだから、依頼料そのものがいらないものになったわけだし。
神殿に向かってから一度も町長さんに連絡入れられなかったし、神殿を含めてあそこ一体が氷河の崩壊に巻き込まれて氷海に沈んだ事は伝わったと思うから・・・・まぁ、巻き込まれて死んでしまったとか思ってるかもしんないし。
早い話が、『なかった事にしよう』と言う事で。
・・・・・・・イリサイトを持ち逃げしたと思っていなきゃいいな、と、心底願っていたりはするんですが・・・・
リオルとはこの街に入る手前で別れた。
最初の目的通り、世界中を旅して回るらしい。その中で竜族に出会った時には、今回のの話を伝えていく、と。
長い年月の間に忘れられていた物語は、長い年月をかけて再び伝えられていくのだろう。
お調子者でノリの軽いリオルだけど、本質は真面目で善竜な彼だから、気負う事なくありのままを伝えていってくれると思ってる。
シュワッと、口の中で細かな泡が弾けた。
甘めの白ワインから発する炭酸が舌にピリッとする感触が、あたしの最近のお気に入り。
あたしもガウリイも夕食を思う存分味わって、ゆっくりとお風呂に浸かって来た後だから、ホカホカの身体に冷たいワインは最高に美味しい。
「くぅ〜〜〜旨い」
「おいおい、一気に飲むと酔っぱらうぞ」
一杯目のグラスを早々と空にしたあたしにガウリイが苦笑した。
「だーいじょーぶよ。そんなにないじゃない」
小さな瓶を2人で分けて飲むんだから、そんなに大した量じゃない。ほろ酔い加減になるには丁度いいくらいだ。
本当は、ガウリイはもうちょっと辛めできついお酒の方が好きなんだって知ってる。
でも、今回は色々あったから、きっと気を使ってくれてるんだろう。
計算じゃない、無意識の優しさ。
まったく・・・心配性な保護者さま。
大丈夫なのにね。
あんたがいるから、大丈夫。
「・・・・あのね、物事に『終わり』ってものはないんだなぁ、って思ったのよ。生きてるものはいつか死ぬ・・・『終わり』が来るけど、それは次の『始まり』なのよね。その次がいつ始まるかは気紛れな某魔王次第なんだろうけど・・・・」
無機質な物質もさまざまな気持ちも、この世に溢れる全てのものに始まりと終わりがあって、終わりからまた始まっていく。
世界はそうやって回っているんだ―――まったく世界は上手く出来ている。
グラスを置いて小さく笑ったあたしの髪を、ガウリイがゆっくりと撫でていく。その手に素直に懐いてみた。
大きな手が支えてくれる感触があたしに絶対的な安心を与えてくれる。
「だけど、『終わり』の事なんて今から思ってる暇なんてないもの。あたしは『今』をとことん生きてみせるんだから」
すぐ近くにあるガウリイの瞳を覗き込んでニッと笑ってみせると、どこか満足そうな表情を浮かべて、そのまま顔を寄せてくる。
軽い、触れるだけの9回目のキス。
短い触れ合いに、照れてる暇もない。コツンと額同士を合わせて
「お前にはとことん付き合ってやるって言っただろ?」
「そうだっけ?」
「あのなぁ・・・俺みたいな事言うなよ」
「冗談よ。わかってる。あたしの保護者はあんたにしか勤まらないもんね」
「そーだぞ。お前についていけるのは俺ぐらいのもんだ」
自信たっぷりに胸をそらすガウリイが可笑しくて、クスクス小さな笑いが止まらない。そのうちガウリイも笑い出して、ぎゅっと強く抱きしめられる。
自然と顔を寄せあって、今度は長く深い、10回目のキス。
この人と一緒なら、世界の果てまでもきっと行けるだろう。
怖い事なんて、ない。
失う恐怖を思うより、共に過ごす幸せを望もう。
もっと近くに行きたくて、もっとガウリイを感じたくて。
魂が引き込まれるような、身体が溶けてしまうような、そんなキスでも、もうそれだけじゃ物足りない。
だから、2人でジャンプしよう。
もっと特別な、もっと確かな絆を紡ぐように。
愛おしさをあたしの全部で伝えたいと思うから。
伝えて欲しいと望むから。
「・・・・ふっ・・・・・ガウリイ・・・・」
直接言葉にするのには恥ずかしすぎるけど・・・・いつもの野生のカンでわかるでしょ?
「・・・リナ・・・・」
力が抜けきって身体を完全にガウリイに預けたあたしの耳に、熱い吐息のような声。
あたしの名前を囁かれるだけで、身体が熱くなるなんて。
「リナ・・・・いいのか?」
「・・・・・・確認なんてしないでよ。このクラゲ」
掠れた声の問いかけに、真っ赤な顔を見られないようにガウリイの広い胸に埋めてから、小さく頷いた。
「本当に?・・・・途中で恐がられても、多分止めらんないぞ?」
自信なさげに、でも抱き締める腕に力を込めて再度確認してくるガウリイに、あたしは思いきって囁いた。
今しか言えないような気がしたから。
「あんたが好きよ。ガウリイ」
――――ガウリイからの返事は、痛い程の抱擁と、噛み付くようなキスだった。
◇◇◇◇
灯りを消した部屋。
軋むベッド。
1つになる影。
カーテンの隙間から忍び込む空気は冷たいのに、2人の体温は上昇し続ける。
弾む吐息。
衣擦れの音。
床に散らばる、2人分の服。
ガウリイとこんな関係になるなんて、出会った時には思っても見なかった。
ううん。半年前だって、考えてなかった。
想像もつかなかったし。
人の事を『ドングリ目のチビのガキ』なんて失礼な事ぬかしておきながら、勝手に自称保護者を名乗って。
なし崩し的に、いつの間にか一緒に旅を続けていて。
いつしか、誰よりも安心して背中を任せられるようになって。
気がついたら、いつもあたしの一番近くで笑ってた。
耐えきれなくてあがる、甘い呻き。
もう何度目になるか覚えていられない程の、たくさんのキス。
「リナ」
何もわからなくなっていくあたしに存在を示し続けるかのように何度も何度も囁かれる、低く掠れた熱い声。
「・・・・・ガウリ・・イ・・・」
溺れて朦朧とする意識の中で必死にガウリイを引き寄せようとする、あたしの声にならない声。
自分がどうなっちゃうのかわからない不安はあったけど、怖くはなかった。
今は一瞬でも離れるのが嫌だと思える程、ずっと触れてて欲しいとさえ思う。
あたしを抱いているのが、ガウリイだから。
いつも一緒に色んな事を乗り越えて来たよね。
大きな身体で盾になって守ってくれた。
頭を撫でて、癒してくれた。
盗賊いぢめに行くのを捕まえて、お説教。
ご飯の取り合いをして、呪文で一緒に吹っ飛ばして、バカなこともいっぱいやった。
全部ガウリイとだから、出来た事。
「くぅ・・・っ」
「リナ」
「へ・・き・・っ」
痛みに勝手に涙が流れるけれど、熱さがそれを上回る。
しっかりと握りしめられる手。
寄せた耳に伝わる激しい鼓動。
揺れる身体。
登り詰めていく、今まで一度も感じた事のない陶酔感。
あたしは女で。
ガウリイは男で。
出会って、よかった。
眠りの淵へと引きずり込まれていく意識の中。
耳もとで囁かれた言葉に。
うれし涙が、ぽとり、と落ちた――――
◇◇◇◇
――――金色の夢に漂っていた。
金色の、海?
前にもどこかでこんな場所に来たような気がする。
どこで・・・?
いつ、来たんだっけ・・・?
考えがまとまらずゆらゆらと揺れる意識の中で、すぐ近くにガウリイの気配を感じる。
姿は見えなくても何故だか確かに側にいると確信出来ているから、不安はなかった。
心地よい揺りかごに揺られているような、絶対的な安堵感に包まれている。
デジャヴ。
こうやって無防備に命をゆだねたのは、そう遠くの記憶じゃない。
(・・・・・・・ああ・・・・・そうだ・・・・)
唐突に思い出した。
この場所がどこなのか。
ここは金色の魔王(ロード・オプ・ナイトメア)がたゆたいし、金色の混沌の海。
全ての存在が生まれ、そして還っていく・・・しばしの休息を与えられ、再び生を与えられる場所。
あたしは一度この海に還りかけて・・・ガウリイの声と金色の魔王(ロード・オプ・ナイトメア)の気紛れによって、再び生を与えられたんだ。
何で今まで忘れていたんだろう。
(再び魂が触れ合ったから)
どこからともなく伝わってきた言葉にあたしは思わず目を見開き、そしてそっと微笑んだ。
そうだった。
あたしたちはこの場所で・・・魂と呼ばれる存在の時に、すでに想いを交わしあっていたんだ。
ガウリイと初めてキスした時に、どこか懐かしい感じがしたのは、ここでの記憶が心の奥に残っていたから。
肉体に戻った時に素直な感情は再び隠されたけれど、あの時の2人に戻りたいという無意識の思いが道標になっていたんだと思う。
そして一歩づつ確認しながら、あたしたちは少しずつ近づいていった。
ガウリイへの気持ちを自覚して、暖かくなったり嫉妬したり焦ったり喜んだり、たくさん泣いてたくさん笑って・・・たくさんの気持ちに振り回されながらも築き上げてきた、大切な想い。
そして、全ての感情に素直になって、1つになれた。
これ以上はない程心も身体も近づいて・・・そして、あの時のあたしたちに、やっと追い付いたんだ。
また、ここから始めよう。
今度は回り道しないで。
一緒に手を繋いで、同じ歩幅で歩いていこう。
1つの想いが終わって、更に進化した想いの形が始まる。
ゴールなんてどこにもない。
いつだって、スタート地点だから。
(お戻り)
慈愛に満ちた優しい声にあたしは頷き、ガウリイの事を想いながら目を閉じた。
ゆらゆらと揺れる意識が金色の波に溶けていく――――
戻ってきた意識に誘われて目を開くと、目の前にあったのはまるで子供のように幸せそうに眠っているガウリイの顔だった。
大事な宝物のように抱え込まれたあたし。
触れる素肌の感触に、恥ずかしさよりもより強く沸き上がってくる気持ちがあった。
これが、進化した想いなのかもしれない。
あえて言葉に表わすのなら・・・・『恋』ではなく、多分『愛』。
口に出すとあまりに陳腐だから、絶対に言う事はないと思うけど、確かにあたしの中で生まれた想いだから。
ガウリイの微かな寝息と包み込まれる暖かさに、再び眠りを誘われる。
素直にその心地いい波に、あたしは落ちていった。
◇◇◇◇
浮上してきた意識に誘われて目を開くと、目の前にあったのは口元に笑みを浮かべながらあたしを見下ろしていた、ガウリイの顔だった。
「起きたか?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!」
一瞬にして全身を真っ赤にし、反射的に毛布の中に逃げ込むあたし。
うわ〜〜〜ん。どーしよーっ!
恥ずかしくてここから出られないっっ!
寝起きにあの顔は絶対卑怯だってばっ!
パニックに陥っているあたしの頭に、毛布の上から馴染みの感触が降りてきた。
髪を掻き回していく、大きな手。
直接触れられたわけじゃないのに、それだけで少し落ち着く自分が不思議。
「笑いながら寝てたぞ、お前さん。いい夢でも見てたか?」
「・・・・・・・見てないでよ。夢なんて・・・見てたかな?覚えてないや」
「そっか」
いつもと変わったようで変わらないガウリイに、少しずつ火照りが引いていく。
そうだね。
あたしたちの基本は変わらない。
こーいった状況に慣れるまでにはちょっと時間がかかるかもしれないけど。
ゆっくりと行こう。
もぞもぞと何とか毛布から顔だけ出してみる。
のびてきた手が、今度は直接あたしの前髪をかきあげていった。
「・・・・・おはよ。ガウリイ」
「おはよう、リナ。ほら、起きて飯食いに行こーぜ。確かここの食堂の朝食メニューに果物の食い放題があったからさ」
ニッと笑うガウリイに、あたしも笑い返す。
「んじゃガウリイ。先行って確保しといて」
「ああ。わかった」
こーゆーのが、あたしたちの自然体。
お腹が空けば、色気より食い気なのは当然の摂理だしね。
先に着替えて部屋を出ていったガウリイを見送ってから、あたしはベッドから身体を起こす。
多少のだるさと鈍痛はあるけれど、さっさと着替えて顔を洗って。
ふと鏡に映った自分の顔に、思わず笑った。
なーに、しあわせそーな顔してんだか・・・って、しょーがないか。
幸せだし。
「さってとー。ご飯ご飯♪」
目の前の料理を眺めながら、まるでお預けを言われた犬のようにガウリイはあたしを待っているだろう。
その光景が一瞬脳裏に浮かんで、くすくす思わず笑いながら足音も軽く部屋を後にした―――――
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